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西部戦線 セイブセンセン

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デジタル大辞泉の解説

せいぶ‐せんせん【西部戦線】

第一次大戦中、ドイツ軍と連合軍とが対峙したフランス北東部からドイツ西部国境沿いの戦線。ドイツ軍のフランス侵攻作戦失敗後、この戦線は膠着して塹壕戦となり、その状態が戦争終結まで続いた。

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大辞林 第三版の解説

せいぶせんせん【西部戦線】

第一次大戦中、ドイツ軍と連合軍が激突したフランス北東部の戦線。1914年のマルヌの戦い以後は一進一退の長期戦となった。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

西部戦線
せいぶせんせん
Westfront

第一次世界大戦でドイツ軍が英仏連合軍と対峙(たいじ)した戦線をいう。大戦が始まると、1914年8月、ドイツ軍はベルギーを突破して北フランスに入るが、マルヌの戦いに失敗して以来、西部戦線はほぼベルギー西端のイープルから南に下り、ソンム川の上流サン・カンタンを経て、マルヌ川の北をエーヌ川に沿って東に走り、ベルダンからドイツ・フランス国境に沿ってスイス国境に至る戦線に膠着(こうちゃく)した。16年のドイツ軍によるべルダン要塞(ようさい)攻撃、それに続く英仏軍によるソンム総攻撃も戦線をほとんど変化させなかった。だが18年春、ドイツ軍は全面的攻撃に失敗し、同年7月以後の連合軍の総反攻を支えきれず、西部戦線は急速に崩壊し始めた。10月初めドイツは休戦を提議するに至った。[吉田輝夫]

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