改訂新版 世界大百科事典 の解説
マーベリー対マディソン事件 (マーベリーたいマディソンじけん)
Marbury v. Madison
違憲立法審査制の確立の上で最も有名な1803年に出された合衆国最高裁判所の判決。合衆国憲法(連邦憲法)は,裁判所の違憲立法審査権については明文を置いていなかった。そして,連邦の裁判所が,具体的事件の解決に必要な限りにおいて,州の憲法・法律が連邦憲法に反するか否かを審査できることについてはほぼ意見が一致していたが,連邦の法律については見解が分かれ,共和派的な考えをとる人々には,裁判所は司法部の権限に関する規定についてのみ違憲立法審査権を行使できるという考えが強かった。また,共和派的な考えをとる人々の間では,合衆国最高裁判所の憲法判決があっても,州の機関はそれと別の解釈をする権限があるという見解が有力であった。マーベリー対マディソン事件は,コロンビア地区の治安判事に指名(1801)されていたものの,政権交替によって辞令の交付を保留されたマーベリーWilliam Marburyほか3名が,1789年の司法部に関する法律〈裁判所法Judiciary Act〉13条に基づき,国務長官マディソンを被告として,辞令の交付を強制する職務執行令状の発給を求めて直接合衆国最高裁判所に提起したものだが,判決は具体的には1789年の裁判所法の中の合衆国最高裁判所の管轄権に関する一規定を違憲としたにすぎない。しかし,そこでの首席裁判官J.マーシャルの意見は,合衆国が成文憲法を制定しこれを国の最高の法とした以上,何が法であるかを明らかにする責務を負う裁判所としては,憲法の意味を明らかにし,憲法より下位の法がそれと矛盾するときは下位の法を無効としなければならないのは当然であると述べて,暗に上記の共和派的発想を否定した。今日アメリカで行われているような内容の違憲立法審査制の基礎となる考えを示した点で,この判決は憲法史上重要な意味をもつ。
→違憲立法審査制度
執筆者:田中 英夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報