百科事典マイペディア 「ムソ」の意味・わかりやすい解説
ムソ
→関連項目シャリフディン
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インドネシアの革命家。東部ジャワのクディリ生れ。バタビア(現,ジャカルタ)師範学校卒業後,イスラム同盟指導者チョクロアミノトに師事,活動家となった。B支部事件(1919)で投獄され,釈放後インドネシア共産党に入党した。1926年の共産党武装蜂起では国外にあって強硬路線を進め,タン・マラカらの蜂起反対派と対立した。その後モスクワに渡りコミンテルンで活動,30年代半ば,武装蜂起後壊滅状態にあった共産党の再建を工作したという。48年8月,帰国して新共産党を組織,当面する革命の性格をブルジョア民主主義革命と規定し,広範な統一戦線を通じた民族政府の樹立を唱えた。同年9月のマディウン事件で共和国政府の転覆を謀ったとされ,戦闘中に射殺された。
執筆者:押川 典昭
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
1897 - 1948.9
インドネシアの革命家。
東部ジャワのクディリ生まれ。
イスラム同盟指導者チョクロアミノトに師事して、活動家となった。1930年代半ば、武装蜂起後壊滅状態にあった共産党の再建を工作し、’48年新共産党を組織し、広範な統一戦線を通じた民族政府の樹立を唱えた。’48年マディウン事件で共和国政府の転覆を謀ったとされ射殺された。
出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報
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