日本大百科全書(ニッポニカ) 「もしほ草」の意味・わかりやすい解説
もしほ草
もしおぐさ
明治初期、横浜で発行された小冊子型の新聞。1868年(慶応4)閏(うるう)4月11日アメリカ人バンリードEugene M. Van Reedが主宰し、初め岸田吟香(ぎんこう)、のちに栗田萬次郎(くりたまんじろう)が編集を助けた。正式名称は『横浜新報 もしほ草』。この新聞の意義は次の3点である。第一に横浜居留地で発行されていたため、明治新政府の取締りを受けず、官軍が江戸占領後、一時江戸の新聞がすべて発行を中止した間も発行を続け、当時の社会情勢を伝えた貴重な新聞であること。第二に発行者がアメリカ人であったため、幕府を支持するフランス、薩摩(さつま)・長州の両藩を後援するイギリスなど、内乱の虚に乗ぜんとする外国勢力の恐るべきことを繰り返し(漫画などで)警告していること。第三に内乱平定後は、政論よりも新知識の紹介、風俗の改良などに力を入れていることである。1870年(明治3)3月13日の第42編で発行を中止した。
[春原昭彦]