モルジブ(その他表記)Moldives

精選版 日本国語大辞典 「モルジブ」の意味・読み・例文・類語

モルジブ

  1. ( Maldives )[ 異表記 ] モルディブ モルジブ諸島からなる共和国。約二〇〇〇の島があり、このうち二〇〇余の島に人が住む。漁業のほか、ココナッツ・ヤシ細工などを産する。一八八七年イギリス領に、一九六五年には独立し立憲君主国となったが、六八年国民投票の結果共和国となる。首都マレ。

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改訂新版 世界大百科事典 「モルジブ」の意味・わかりやすい解説

モルジブ
Moldives

基本情報
正式名称モルジブ共和国Divehi Jumhuriyya,Republic of Maldives 
面積=300km2 
人口(2010)=32万人 
首都=マーレMale(日本との時差=-4時間) 
主要言語ディベヒ語 
通貨=ルフィヤRufiyaa

インド洋の東経73°に沿って,北緯7°から南緯0°の約850kmにわたって散在する19の環礁(アトールatoll)を構成する約1200の群島よりなる国家。マルディブとも呼ばれる。スリランカセイロン)から約700km南西に位置する。約200の島に人が住み,そのうち人口1000人以上の島は33にすぎず,他は無人島である。国名は〈花輪Malaあるいは魚Maluの島Dheep〉に由来するといわれる。平均0.6km2で最大でも13km2の小さな島々はサンゴ礁に囲まれ,平坦な地形である。高温多湿な熱帯性気候(年平均気温27℃)で,モンスーンによる降雨がある(平均降雨量は北部で2540mm,南部で3810mm)。土壌はアルカリ分が多いため農耕に適さず,ココヤシパンノキ,バナナなどが茂る。

 住民はスリランカのシンハラ人,アラブ,ドラビダ人などの混血で,言語はディベヒ(〈島々に住む人〉の意)語であるが,交易の必要上,シンハラ語マラヤーラム語タミル語ウルドゥー語などのインド系諸語を話す人も少なくない。ディベヒ語の祖語は古代シンハラ語であるとみられているが,18世紀にターナという固有の字母がつくられ,広く用いられるようになった。

紀元前から,スリランカおよびインド南部から移住民が来島し,定住するようになったと伝えられているが,具体的な史実は知られていない。12世紀にイスラム化が進展するまでは仏教文化の影響下にあったらしく,いくつかの島にスリランカと共通する古代の寺院建築の遺構が存在する。東西の海上交通の要路に位置するため,イブン・バットゥータをはじめ多くの旅行者によって島の生活が報告されている。しかし,1558-73年のポルトガルによる支配を除いて,直接的な外国の統治下に置かれたことはなく,17世紀にはスリランカを領有していたオランダ東インド会社,18世紀末(正式の協約は1887年)からはイギリスの保護国として,間接的な支配をうけていた。オランダ人やイギリス人の行政官は派遣されず,島民の首長であるスルタンによる統治が行われていた。

1965年7月26日にイギリスの保護領から完全な主権国家として独立し,同年,国際連合に加盟を認められた。68年11月に新憲法発効に伴いスルタン制を廃止し,共和国政体をとりナシルIbrahim Nasir(1926- )が大統領に就任して独裁的な支配が続いたが,78年に辞任した。後任のガユームMaumoon Abdul Gayoom(1939- )大統領によって近代化を目ざす改革が進められた。大統領(任期5年)が行政を統括し,大統領によって任命される約10名の閣僚が外務,公安,法務,内務,財政,漁業,教育,厚生,運輸などを分掌している。一院制の立法府は,マジリスMajlisと呼ばれ,環礁を単位とする19の選挙区から選ばれた各2名の議員に,首都選出の2名,大統領指名の8名を加え,計48名の議員(任期5年)からなる。地方行政は,環礁単位に行われ,個々の島にはボドゥ・カティブBodu Katibと呼ばれる島長が置かれている。ドニーdorniと呼ばれる帆船が,島々を結ぶ主要な交通手段であるだけに,島単位の自立性が非常に強い。外交方針としては,非同盟政策をとっている。イスラムが国教でほとんど全島民がスンナ派イスラム教徒であるため,西アジア諸国とのつながりが深く,ガユーム大統領もカイロのアズハル大学出身である。

 国の南端アドウ環礁のガンGan島は,独立後も協定によりイギリスが軍事基地として利用していた。アメリカの軍事基地が置かれているチャゴス諸島のディエゴ・ガルシア島の北約700kmに位置し,インド洋上の重要な戦略地点であるところから,76年3月のイギリス軍の完全撤退後,ソ連から空港施設などが残された同島の租借が申し込まれたが,81年モルジブ政府はこれを拒否し,同島を自由貿易・観光保養地として開発する決定を公表している。1978年に選出されて以来,南アジア諸国の中では珍しく長期政権を維持してきたガユーム大統領は,96年に完成したティームゲ宮殿に移り政権基盤の強化に努めている。

モルジブ経済は漁業と観光業を主要な柱としている。水産業は歴史的にもモルジブを代表する産業であり,男たちはドニーに乗ってマグロやカツオの漁に従事している。古くからモルジブ・フィッシュ(頭と内臓を取り除き,釜で煮たカツオを野天で乾燥させたもの)の生産で名高く,それをスリランカへ輸出して米,小麦などの生活必需品を輸入してきた。他方,観光業は1970年代に入ってから成立したもので急成長を遂げている。首都のあるマーレ島の近くにある約40島が観光島に指定され,島ごとにホテルが建設され,住民の生活とは無縁な外国人専用の保養施設となっている。1988年には15万6000人の観光客が訪れた。1920年代以降,子安貝に代わってモルジブ・ルピー通貨が定められたが(1981年よりルフィヤに変更),これらの観光島ではもっぱらドルやマルクの外貨が流通している。経済活動の多角化が経済政策の一つであり,国営の商船隊はその成功例とされている。外国資本の導入にも政府は非常に積極的であり,日本から大手の水産企業が進出し缶詰工場を建設したが,所期の収益を上げられないとして,80年代に入ってから撤退している。政府は輸出指向型の工業として縫製工場の誘致をすすめている。

 首都以外では,コーランに基づく伝統的な宗教教育が行われている。首都の高等学校などでは英語をはじめ専門的な教科の教員にスリランカ人を雇用している。留学も従来はスリランカが多かったが,1970年代に入ってスリランカとの経済関係が悪化するとともに,他の地域との交流へ向かう傾向が生まれつつある。正確な統計はないが平均寿命は男58歳,女59歳(1987)と推計されている。食生活が海産物に偏りがちなため,野菜や穀物の生産が奨励されているが,あまり成果を上げていない。とくに稲作は困難で,米はほぼ全面的に輸入に頼っている。ココナツとパンノキの実が,ほとんどすべての島でとれるので,モルジブ料理に広く用いられている。

 マーレ島の隣にあるフルレー島の国際空港がこの国の玄関となり,航空路がインド南部のトリバンドラムとスリランカのコロンボに開かれている。インディアン・エアライン,エアランカおよびモルジブ国際航空の3社が定期便を運航している。船便はコロンボ港とマーレ港とを結んでいるが,独立前と変わり,不定期であり乗客も少なくなってきている。なお,日本はモルジブの主要な貿易相手国の一つであり,水産業界を中心とする経済関係が深い。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「モルジブ」の意味・わかりやすい解説

モルジブ
もるじぶ
Maldives

インド洋北部、セイロン島(スリランカ)の南西600キロメートルに浮かぶモルジブ諸島からなる国。正称はモルジブ共和国Republic of Maldives。モルディブ、マルディブ、マルダイブともいう。北緯7度から赤道直下まで、820キロメートルにわたって点在する約1200の島より構成される。面積298平方キロメートル。このうち約200島に29万8968(2006センサス)の人が住む。首都はマレ島のマレ。島々の周囲には巨大なサンゴ環礁が存在する。地方行政区は政府直轄の首都マレと、この環礁を単位としたファディフォル、ムラク、アドゥーなど20の行政区とに分けられている。島々は標高6メートルに満たない低平な地形をなしヤシ林に覆われる。1992年の国連環境開発会議で、大統領ガユームが地球温暖化による海面上昇の危険について各国の支援と協力を要請した。年平均気温28℃の熱帯気候で、1~4月に弱い乾期がみられる。

 16世紀にはポルトガル、17世紀にはオランダの植民地となり、18世紀末からイギリスの支配を受け、1887年にセイロンの属島としてイギリス領となった。1948年セイロンの独立に伴いイギリス保護領となり、1965年に独立、国連に加盟した。1968年に君主制から共和制に移行。1978年、初代大統領のナシルにかわって大統領に就任したガユームが6期30年にわたって長く大統領を務めてきた。2008年8月には基本的人権、言論の自由、複数政党制などを初めて定めた民主的な新憲法が制定された。同年10月に新憲法下での大統領選挙が行われて、決戦投票のすえにガユームを破ったナシードが大統領となった。大統領の任期は5年。議会は一院制で議席数は50、任期は5年。大統領が指名する8議席に、首都マレと全国の20環礁行政区からおのおの2議席選出される42議席からなる。

 おもな産業は観光と漁業で、政府は観光開発と漁業の近代化に力を入れている。ヨーロッパや日本からの観光客も増加し、2007年には67万6000人の観光客が訪れ、約4億9300万ドルの観光売上げを記録した。島の産物はココヤシ、パンノキの実、果実のほか、モルジブ・フィッシュとよばれる魚の乾物など魚貝類が多く、ヤシ細工とともにスリランカやインドのマラバル海岸方面へ輸出される。主食の米や、砂糖、小麦粉、機械類は輸入に頼っている。国内総生産(GDP)は10億4900万ドル(2007)、1人当り国民総所得(GNI)は3200ドル(2007)、貿易額は輸出1億3560万ドル、輸入9億2650万ドル(2006)で、おもな輸出相手国はタイ、日本、スリランカ、イギリス、輸入相手国はシンガポール、アラブ首長国連邦、インド、マレーシアなどである。第二次世界大戦後には、日本漁船が多く入港するようになり、日本の水産会社が缶詰、冷凍工場を設立した。なお、南端のアドゥー島にあったイギリス海軍基地は1976年撤去された。

 住民は、マレー系のモルジブ人とドラビダ人やアラブ人の混血で構成されている。言語は、スリランカのシンハラ語から派生したディベヒ語で、文字は右から左へ読む。宗教は古くは仏教であったが、のちにイスラム教が伝わり、1116年にはイスラム王国となり、現在もイスラム教を国教としている。出生率は19.5%(2006)、人口増加率1.6%(2000~2006平均)で、0~14歳人口は32.8%(2005)と若年人口の比率が高い。小学校入学は6歳以上からであるが義務教育制度はない。教育施設、教員の不足などによって就学率が低かったが、国家開発計画の進行により初等教育就学率は79%(2004)に達した。

[林 正久]

『トール・ヘイエルダール著、木村伸義訳『モルディブの謎』(1995・法政大学出版局)』『三好和義著『モルディブ――青い楽園』(1999・小学館)』『辛島昇他監修『南アジアを知る事典 新訂増補』(2002・平凡社)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「モルジブ」の意味・わかりやすい解説

モルジブ
Maldives

正式名称 モルジブ共和国 Divehi Jumhuriyya。
面積 298km2
人口 58万1600(2021推計。一時滞在の外国人 14万5862人〈2018〉を含む)。
首都 マレ

インド洋北部,スリランカ (セイロン) の西方から南西方にあるモルジブ諸島を国土とする国。8度水道 (北緯8°) によってかぎられる北端から,南端のアドゥ環礁 (南緯0°42′) まで,約 900kmの間に散在する 1087のサンゴ礁島からなる。住民はマレー系のモルジブ人がおもで,イスラム教徒が多い。公用語はスリランカの南半分で話されるシンハラ語に似たディベヒ語で,最初の定住民は,おそらく6世紀初め頃スリランカから移住した仏教徒であったと考えられている。 16世紀中頃からヨーロッパ人の侵略が始まり,最初ポルトガル,17世紀にオランダ,17世紀末にイギリスの支配下に入った。 1932年から立憲君主制を施行,1948年スリランカ独立に伴いイギリス保護領となり,1965年独立して国際連合に加盟。 1968年新憲法を施行して共和国となった。全域が熱帯気候に属し,高温多湿で,年平均気温は約 27℃。季節による違いはほとんどない。住民の過半数は漁民で,カツオ,マグロおよびその干魚がスリランカ,日本などに輸出されている。漁業以外では,ヤシ油,コプラの生産と造船が重要。観光業も急速に発展している。

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モルジブ

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モルジブ

モルディヴ

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