改訂新版 世界大百科事典 「モンタギュー文法」の意味・わかりやすい解説
モンタギュー文法 (モンタギューぶんぽう)
Montague grammar
モンタギュー文法は論理文法とも呼ばれ,1960年代の終りから70年代の初めにかけて,アメリカのモンタギューRichard Montague(1930-71)が発表した一連の論文に端を発する自然言語に対する新しい文法理論である。
モンタギュー文法の考え方を説明するために,
(1)The student is a man.(その学生は人間である)
(2)Every man walks.(すべての人は歩く)
(3)The student walks.(その学生は歩く)
という三つの英文を取り上げてみよう。これらの文の文法的構造は,モンタギュー文法が出現するころには成熟の域に達していた生成変形文法(生成文法)によって詳しく分析されている。たとえば,文(1)に対しては,
(冠詞+名詞)+(他動詞+(冠詞+名詞))
The Student is a man.
という生成変形文法の意味における深層構造deep structureが与えられ,その統語論的構造が定められる。文(2)と(3)に対しても,同じようにして,それぞれの深層構造が決定される。容易にわかることであるが,(1)と(2)を仮定すると,(3)をそれから論理的に導くことができる。そのうえ,こういった導出は,論理学を知らなくてもできることであるから,経験的事実である。ところが,(1)と(2)から(3)が論理的に導かれるという事実は,生成変形文法で行われている構文解析では説明することができない。そのためには,生成変形文法の意味における文の深層構造よりさらに深い,いわば論理的な深層構造を求めなければならない。そして,これを行うのがモンタギュー文法なのである。
モンタギュー文法では,文に含まれる個々の語彙項目(単語)を,述語論理predicate logicの表現とみなし,生成変形文法の意味における構文解析と同じような方法で,これらの表現を結合して,同じく述語論理に属する,文といったより大きな表現に組み上げる。たとえば,形容詞〈every〉は名詞〈man〉と結合して,〈すべての人は……〉という意味の(述語論理の)表現となるが,この表現はさらに〈walk〉という自動詞と結合して,〈Every man walks.〉という述語論理の文を生み出す。定冠詞〈the〉も同じような役割を演じているが,そのすぐあとに続く名詞を満足する個体がただ一つしかないということも同時に要求している。一般に,〈the student〉あるいは〈every man〉といった名詞句は,ある種の量記号であって,〈すべての〉〈というものが存在している〉という意味の全称記号universal quantifierや存在記号existential quantifierと同じような論理的役割を演じ,自動詞(句)と結合して文を作り出す。さらに,自然言語の表現の述語論理への翻訳を介して,述語論理の意味論に基づいて自然言語の意味論を構築しようというのも,モンタギュー文法の目的である。なお,内包intensionを考慮すると,述語論理への翻訳はさらに複雑になる。
現在,モンタギュー文法は,生成変形文法やそれに基づく生成意味論とも結合して,機械翻訳といった分野にも応用されはじめている。そして,哲学,論理学,数学,言語学,コンピューター・サイエンスにまたがる学際領域として今後の発展が期待されている。
執筆者:石本 新
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報