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威奈大村墓誌 いなのおおむらぼし

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世界大百科事典 第2版の解説

いなのおおむらぼし【威奈大村墓誌】

少納言威奈大村(662‐707)の蔵骨器に刻まれている墓誌。蔵骨器は球形,金銅製の器で,墓誌銘文は,その半球形の蓋の周囲に放射状に陰刻されている。文は,大村の出自・官歴・治績などを記した長文の序と,大村の出自・人柄・功績などをたたえ,死を悼む銘の2部から成っている。序によると,大村は宣化天皇の子孫で,威奈鏡の子である。文武朝に少納言となり,701年(大宝1)には侍従を兼ねた。705年(慶雲2)左少弁となり,同年11月には越後城司にも任ぜられて蝦夷の鎮撫にあたった。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の威奈大村墓誌の言及

【大宝律令】より

…もっとも近江令は存在しなかったとする学説も有力だが,いずれにせよ法典の完成度からみれば,大宝律令はそれ以前のものにくらべ格段に整ったものであった。《続日本紀》の大宝元年(701)元日の記事に〈文物の儀ここに備われり〉といい,その数年後に造られた威奈大村(いなのおおむら)墓誌に〈大宝元年を以て律令はじめて定まる〉と記されているのは,当時の人々が大宝律令をもって本格的な律令法典の出現と意識していたことを示している。その編纂と施行について,従来は律・令とも701年から翌年にかけて,成るにしたがって施行されたと考えられていたが,最近では,令は700年(文武4)に完成しており,続いて成った律も701年に令とともに施行されたとする学説が有力になっている。…

※「威奈大村墓誌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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