ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アユイ」の意味・わかりやすい解説
アユイ
Haüy, René-Just
[没]1822.6.1. パリ
フランスの結晶学者,鉱物学者。織工の子,神学を学び司祭となる (1770) 。 1781年結晶の形態に関する論文が認められて科学アカデミー会員 (83) 。革命の最中に逮捕投獄されるが,まもなく釈放 (92) 。度量衡委員会書記。パリの高等鉱業学校教授 (95) 。新設のフランス学士院会員 (95) 。ノートル・ダム参事会員 (1802) 。国立自然史博物館の鉱物学教授 (02) 。パリ大学鉱物学教授 (09) 。結晶の数学理論の基礎固めに努力し,特に,1801年いくつかの幾何学的基本形態による鉱物結晶の分類と命名法を提唱。また結晶の複屈折現象の研究,ピロ電気効果,ピエゾ電気 (→圧電気 ) 効果の研究も知られている。 03年レジオン・ドヌール勲章受章。主著『鉱物学論考』 Traité de minéralogie (01) 。
アユイ
Haüy, Valentin
[没]1822.3.18. パリ
フランスの教育学者。「盲人の父,盲人教育の使徒」と呼ばれた。兄は結晶学者,鉱物学者のルネ・ジュスト・アユイ。パリの見世物小屋での盲人の悲惨な様子を見かけたことを機に,盲人の地位向上を決意。盲目の物乞いの少年に対する教育にとりかかり,1784年に世界最初の盲学校をパリに創設した(1785王立パリ盲学校,王制廃止後は国立パリ盲学校)。最も広く普及した点字を発明したルイ・ブライユは同校の出身者であり,卒業後その教師となった。アユイは,目の見えない人でも突起した文字を指でさわって「読む」こと(触読)ができることを発見し,ブライユの業績の先鞭をつけた。主著『盲人教育論』Essai sur l'education des aveugles(1786)。
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