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アリシャバナ アリシャバナ Alisjahbana, Sutan Takdir

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アリシャバナ
アリシャバナ
Alisjahbana, Sutan Takdir

[生]1908.2.11. 北スマトラナタル
[没]1994.7.17. ジャカルタ
インドネシアの詩人,小説家,評論家,国語学者。師範学校を卒業後,法律を学び,1942年法学士。 33年アルメイン・パネらと文学雑誌『プジャンガ・バル』を創刊した。日本軍政時代にはインドネシア語委員会を率いて学術用語の制定に尽力した。

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世界大百科事典 第2版の解説

アリシャバナ【Sutan Takdir Alisjahbana】

1908‐94
インドネシア近代文学の創始者の一人。スマトラ西部のナタールに生まれ,ジャカルタの師範学校と法律学校で学んだ。一時期(1928‐29)パレンバン小学校の教師を務めたほかは,ジャカルタに居を構え,ジャーナリストとして活躍した。1933年に月刊文芸誌《プジャンガ・バル》を創刊し,インドネシア近代文学の発展に尽力した。また36年に《帆を上げて》(邦訳《火炎樹》)を発表し作家としての盛名をはせた。独立後も親西欧派の知識人として旺盛な評論活動を続ける一方,日本軍人を主人公として東西文化の融合を説く《敗北と勝利》(1978)をはじめとする小説を発表している。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のアリシャバナの言及

【インドネシア】より

… 本格的な文学運動が始まったのは,新しいインドネシア統一文化の創造を目指す文学雑誌《プジャンガ・バル(新詩人)》(1933‐42)の創刊によってであった。同誌を舞台に,主宰者の一人アリシャバナが西欧合理精神の旗手として,土着伝統派との間に闘わせた論争は,文化論争の名で有名である。彼の《ラヤル・トゥルクンバン(帆を上げて)》(1936),アルミン・パネの《桎梏(しつこく)》(1940),アミル・ハムザの詩集《孤独の歌》(1935)などが,この《プジャンガ・バル》の代表的作品である。…

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