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イマーム imām

翻訳|imām

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イマーム
imām

指導者」を意味するアラビア語。金曜日の集団礼拝の指導者をいい,また指導的な学者の称号でもある。スンニー派の政治学では,イスラム世界の最高指導者をさす言葉で,「カリフ」や「アミール・アルムーミニーン」と同じ意味に用いられる。シーア派でイマームというときは内容は複雑である。すべてのシーア派に共通するイマームの概念では,スンニー派のカリフに対抗する彼ら自身の指導者 (理念的には全イスラム世界の指導者) をいい,ムハンマドが彼の女婿であり第4代カリフであるアリーにひそかに伝えたコーランの秘密の解釈を代々受継いできたアリーの直系の子孫を意味する。数多いアリーの子孫のなかでだれをイマームとするか,また現実の支配者をどう評価するかによってシーア派はいくつもの分派を生み出した。最後のイマームが隠れ,いつか救世主 (→マフディー ) として人々の前に姿を現すというメシア思想もシーア派には根強い。歴史上,エジプトのファーティマ朝 (909~1171) とイランのサファビー朝 (1501~1732) がシーア派のイマームを君主とした強国であった。

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デジタル大辞泉の解説

イマーム(〈アラビア〉imām)

《指導者の意》
モスクでの礼拝の導師。
イスラム共同体・国家の指導者(カリフ)。→カリフ
指導的学者の尊称。
シーア派の宗教的、政治的指導者。

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百科事典マイペディアの解説

イマーム

イスラム教徒の集団の指導者を意味するアラビア語。礼拝の指揮者,ある地域の指導者などをさす場合もある。スンナ派ではカリフをこの名で呼ぶ。シーア派ではムハンマドの女婿アリーの直系の子孫でなくてはならないとされる。
→関連項目アリークルスーム十二イマーム派フサイン

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世界大百科事典 第2版の解説

イマーム【imām】

コーランで,〈規範〉〈指導者〉を意味し,その後は規模の大小を問わず,イスラム教徒の集団の指導者を意味するアラビア語。〈イマームであること〉〈イマームの位〉をイマーマという。イマームは,次の四つの意味に用いられる。(1)集団礼拝の指導者。各地のモスクには専属のイマームがいるが,それは聖職者でなく,特別の資格も必要とせず,正しい礼拝の方法を心得ていればよい。(2)スンナ派ではカリフと同義語。(3)シーア派ではその最高の指導者。

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大辞林 第三版の解説

イマーム【imām】

イスラム教で、モスクで行われる礼拝を指揮する導師。
イスラム教スンナ派で、カリフの別称。
イスラム教シーア派で、人類最高指導者にして無謬むびゆうの存在。初代イマームのアリーの血筋でなければ継承できない。エマーム。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イマーム
いまーむ
Imm

イスラム共同体(ウンマ)の指導者。アラビア語で「先導者」「指導者」の意味で、大きく分けて三つの場合に用いられる。第一は集団で礼拝(サラート)をする際の導師に、第二は、イマーム・シャーフィイーのように、偉大な学者、宗教的指導者に対する敬称として、第三はイスラム共同体の政治的あるいは宗教的な首長の意味で用いられる。ここでは第三の意味について述べる。
 預言者ムハンマド(マホメット)の在世中は当然、共同体の最高権威をもつ指導者についての論議はおこらなかった。しかし預言者が没するや、それは共同体の緊急な課題となり、初期の共同体の有力者たちは選挙、前任者による推薦によって、首長たる預言者の後継者(カリフ)を定めた。しかしこれは最終的に共同体構成員全体が、そして実際にはその有力者たちが、選ばれたカリフに忠誠を誓うことで初めて効力をもった。ウマイヤ朝以降実際には世襲制となってしまうが、理念的にはこの共同体の合意に基づいて首長を決めるという方式がスンニー派の伝統となった。スンニー派では、首長としてのイマームは宗教的権威はもたず、聖法の執行者と位置づけられ、その資格や権能についての議論がカリフ論として展開された。
 シーア派ではイマームはきわめて重要な意義をもつ。イマーム位は預言者ムハンマドの娘ファーティマと彼の従兄弟(いとこ)かつ女婿(じょせい)のアリーとの子孫にのみ、前任者の神意に基づく指名によって代々伝えられる。預言者と違い、イマームは神の啓示に基づくシャリーア(聖法)をもたらすことはないが、聖法の背後の秘教的知恵を代々伝承し、それに裏打ちされた言行はシーア派ムスリムにとって犯しがたい権威である。イマームは神と人の仲保者であり、人は神を直接知ることはできず、イマームを通してのみ神を知り得、イマームなしには人は神の意志を知り、それに従って生きることもできない。イマームは無謬(むびゅう)であり、誤りを犯す可能性のある人間の合意に基づくスンニー派のイマーム(カリフ)観とは相いれない。一連のイマームを認め、その最後のイマームが「隠れイマーム」として、死んだのではなく、普通の人には見えない姿で存在し続け、将来この世に救世主(マフディー)として再臨し、公正と正義を回復するというメシア思想が結合している。だれをどのようにイマームと認めるかで、シーア派はさらに十二イマーム派、七(しち)イマーム派(イスマーイール派)、ザイド派などに分かれる。[鎌田 繁]

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世界大百科事典内のイマームの言及

【イスラム】より

…哲学者はいよいよ純粋に自らの理論をたどり,神学者は哲学者を危険視し始めた。しかし,イブン・ルシュドを最後にムスリムのアリストテレス学派の伝統は絶え,その後はイブン・アルアラビーの神智学と,スフラワルディーの照明哲学の結びついた十二イマーム派の神学的哲学が,イラン世界で独自の発展をとげたため,イスラムにあっては,啓示と理性とのぎりぎりの対決は回避された。 イスラム神秘主義の起源については学者によって意見が分かれ,ある者は外来の要素を重視し,他の者は内的発展の立場に立つ。…

【イブン・ジャマーア】より

…再度のモンゴル軍の西アジア侵略により,イスラム世界の崩壊の危機を感じた彼は,イスラム法を中心に置いた強力な独裁君主国家の建設を夢見た。〈権威は無政府状態に勝る〉として暴君の存在を容認し,さらに軍事的指導者が自ら宗教的指導者であるイマームの職をも兼任する状態を理想とした国家論を展開した。主著は《イスラム教徒の国家運営論》。…

【カリフ】より

…その結果,以後のカリフはほとんどすべてこれを称号としており,史料に出るのもこれで,ハリーファではない。一方,コーランにアダムやダビデを地上における〈神の代理〉と規定している記事があることに触発されてか,初期のカリフたちを〈神の代理khalīfa Allāh〉と呼びかけたりしたことがあったが,アッバース朝革命が理念的にはウマイヤ朝カリフの正統性に疑義を唱え,ムハンマド家出身の指導者(イマーム)こそがカリフ位につかねばならないとして戦われた結果,カリフの権威は著しく向上し,カリフ自らも自己を地上における〈神の代理〉であるとして,神権的権威を主張するようになった。そしてそれは,アブー・ユースフのような正統派法学者によっても合法として認められ,そのようなカリフに対して,人々は絶対的に服従するよう求められた。…

【シーア派】より

…アリーの子フサインはクーファの民の誘いに応じてクーファに向かうところをウマイヤ朝の軍に包囲されてカルバラーで戦死し,受難の英雄となった。685年ムフタールが,アリーの子ムハンマド・ブン・アルハナフィーヤをイマームおよびマフディーとして奉じ,ウマイヤ朝に対する反乱(ムフタールの乱)を起こした(カイサーンKaysān派と呼ばれる)。その死後,だれをイマームと認めるかをめぐって内部の分裂が進行した。…

※「イマーム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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