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イームズ イームズEames, Charles and Ray

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イームズ
Eames, Charles and Ray

(夫)チャールズ Charles 1907.6.17. ミズーリ,セントルイス~1978.8.21. ミズーリ,セントルイス
(妻)レイ Ray 1912.12.15. カリフォルニア,サクラメント~1988.8.21. カリフォルニア,ロサンゼルス
アメリカ合衆国のデザイナー夫妻。美しく繊細,優美にして快適な量産家具のデザインで知られる。建築家でもあったチャールズは,1939~41年ミシガン州にあるクランブルック美術院の実験的デザイン学科の学科長を務めた。この時期に,建築家兼デザイナーのエーロ・サーリネンとさまざまなデザインプロジェクトを立ち上げた。彼らの作品の一つである,体にフィットするシェルチェアは,ニューヨーク近代美術館が 1940~41年に開催したオーガニック・デザイン・コンペで優勝した。1940年,ハンス・ホフマンに師事して絵画を学んでいたレイ・カイザーと出会い,1941年に結婚。カリフォルニア州に移った 2人は,チャールズ・アンド・レイ・イームズデザイン事務所を設立。チャールズは映画のセットをデザインするかたわら,レイとともに合板素材の使い方の工夫に取り組んだ。夫妻は 2枚の成型合板をステンレス鋼のパイプでつないだイームズ・チェアによって一躍有名になった。1946年にはニューヨーク近代美術館で家具デザイナーとして初めて個展を開催した。この個展は大成功を収め,ミシガン州にある家具メーカー,ハーマンミラーがイームズのデザインによる成型合板家具の大量生産を開始した。1955年以降は,『パワーズ・オブ・テン』Powers of Ten(1968)など,おもに教育的なテーマを扱ったショートフィルム制作に活動の軸を移した。1964~65年のニューヨーク国際博覧会(→国際博覧会)で,夫妻は IBMのデザイン・コンサルタントとして同社のパビリオンの展示設計に協力。1976年には IBMの後援でアメリカ建国200年記念展示会「フランクリン・アンド・ジェファーソン」をプロデュースした。チャールズの死後も,レイは多様なデザインプロジェクトに携わった。

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百科事典マイペディアの解説

イームズ

米国の20世紀半ばのモダン・デザインを代表するインダストリアル・デザイナー。セントルイス生れ。家具,インテリア・デザインを中心に活躍し,後期には主に映像作品製作に携わる。

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世界大百科事典 第2版の解説

イームズ【Charles Eames】

1907‐78
アメリカのインダストリアル・デザイナー。E.サーリネンの事務所で建築家として修業し,1940年ニューヨーク近代美術館主催の〈家庭設備における有機的デザイン〉の設計競技で,今日〈イームズ・チェア〉として知られるシェル形の成型合板いすとユニット家具で受賞した。彼はプラスチックやアルミ・パイプなどの新しい材質を家具に取り入れることで,軽快で機能的・経済的な住宅空間をデザインし,50‐60年代にかけて世界の家具デザイン界において指導的な役割を果たした。

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大辞林 第三版の解説

イームズ【Charles Eames】

1907~1978) アメリカのデザイナー。新しい材質と構造により椅子いすをはじめとする機能的家具をデザインした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イームズ
いーむず
Charles Eames
(1907―1978)

アメリカの家具デザイナー。セントルイスに生まれ、ワシントン大学で建築を専攻した。1930年より夫人のレイRay Eames(1912―88)とともにデザイン事務所を設立、また1938年にはクランブルック美術学校に迎えられた。デザインの領域はステンドグラス、玩具(がんぐ)からディスプレーまで幅広いが、1941年にニューヨーク近代美術館主催の「有機的な家具デザイン・コンペ」にエーロ・サーリネンとともに複雑な曲面のある椅子(いす)を出品して大賞を得てより、椅子に新生面を開くことが主要な仕事となった。1946年にはニューヨーク近代美術館で新作家具展を開催して評価を築き、その後も新しい材質と構造の研究に基づいて近代生活に見合った格調高い椅子を数多く開発した。デザインの根底にある有機主義によって「イームズ・チェア」の名が授けられている。1960年には夫人とともにカウフマン国際デザイン賞の第1回受賞者となった。[高見堅志郎]

建築家としてのイームズ

イームズは1960年代なかばまでは建築家としても活動した。『アーツ・アンド・アーキテクチャー』Arts & Architecture誌による、工業製品を活用した一般住宅の建築を目指したケース・スタディ・ハウスのプロジェクトに参加した自邸(ケース・スタディ・ハウス#8、1949)は、20世紀の建築史において重要な実験住宅である。イームズ邸はすべての部材をカタログから選択してつくられた。これはもちろん、コストの削減、工期の短縮、建設の簡易化を可能にする合理的な方法であるが、カタログの時代におけるデザインの方法を示したことにより評価される。壁面に夫人レイによる鮮烈なカラーリングが施された窓やドアに、イームズは工場用の規格品を用いた。それによりオリジナルの部材でなくとも、カタログからの選び方によって独特な空間を生みだすことができることを実証したのである。また、現場に鉄骨が到着してから計画が全面的に変更されたにもかかわらず、使用する部材の組み替えをパズル的に操作し、鉄骨の梁(はり)を1本追加発注しただけですませている。そのほかの作品に、同じプロジェクトに参加したケース・スタディ・ハウス#9(1949)もある。
 他方でイームズ夫妻は編集者的なセンスをもち、1950年代には多くの映像作品も制作した。「住宅――ケース・スタディ・ハウス#8 5年後の生活」(1955)は、あえて動画を使わず、膨大な写真によって自邸と日用品の様子を記録している。著名な「パワーズ・オブ・テン」(1977)は、わずか9分半の間に、極小の細胞から極大の宇宙まで、10の累乗で画面のスケールを変化させて撮った興味深い映像である。ニューヨーク世界博(1964~65)のIBM館パビリオンのマルチスクリーンショーも手がけている。
 ミラノ・トリエンナーレ金賞、AIA(アメリカ建築家協会)名誉賞、RIBA(英国王立建築家協会)ロイヤル・ゴールド・メダル受賞。著書に『コンピュータ・パースペクティブ』A Computer Perspective(1973)などがある。[五十嵐太郎]
『山田敦子訳『コンピュータ・パースペクティブ――計算機創造の軌跡』(1994・アスキー) ▽アプトインターナショナル編『イームズ・デザイン』(2001・東京都美術館) ▽James Steele Eames House ; Charles and Ray Eames (1994, Phaidon Press, London) ▽Pat Kirkham Charles and Ray Eames; Designers of the Twentieth Century (1995, MIT Press, Cambridge) ▽Donald Albrecht The Work of Charles and Ray Eames (1997, Harry N. Abrams, New York)』

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