翻訳|sacrament
キリスト教の基本用語の一つ。聖書ギリシア語のミュステリオンmystērionということばがラテン語に訳されたとき,そのままラテン書きにされてミュステリウムmysteriumとされる場合もあったが,一方儀礼用語として軍隊でも使われ,法的誓約の意味を含むラテン語のサクラメントゥムsacramentumもテルトゥリアヌス(225ころ没)のころからミュステリオンの訳語として用いられ,これが後に神学用語として欧米諸語の語源となった。日本では,キリスト教でも教会によって秘跡(カトリック),礼典,聖礼典(プロテスタント),聖奠(てん)(聖公会),機密(ハリストス正教会)などとさまざまに訳されている。
新約聖書の中に使われているミュステリオンということばは,当時の密儀宗教の用語と同じことばであるが,同じ意味で使っていない。共観福音書では,種蒔きのたとえで語られた神の国について用いられ,キリストの弟子はこれを聞き入れることを許された者であることが強調されている(《マタイによる福音書》13:11,《マルコによる福音書》4:11,《ルカによる福音書》8:10)。その前後の個所から,神の国の秘義(ミュステリオン)は世の初めから隠されていたが,キリストのことばとわざによってキリスト者には啓示された事実であることが明らかにされている。パウロはこの秘義が,父のもとに隠されていた救いの計画であり,キリストによって啓示され,使徒によって宣教された神の国であり,キリストのうちにあって皆が一つになって実現される教会がこれを現していると見ている(《ローマ人への手紙》16:25~26,《コリント人への第1の手紙》2:7,《エペソ人への手紙》1:9~10,3:5~9,5:32,《コロサイ人への手紙》1:25~27など)。このような聖書に基づくキリスト教の秘義は,古代の密儀宗教が盛んな時代にあって,その中で共存し,それを克服しながら独自の秘義の神学と典礼の実践として形成されていった。
ラテン語のsacramentumとmysteriumとは,最初は同義語として諸教父や典礼の文書に使われていたが,やがてmysteriumのほうは,理性だけでは理解できないが啓示によって初めて信仰の対象となる奥義の意味になり,sacramentumは,アウグスティヌス(430没)のころから,救いの恵みの実在の見えるしるしsacramentum visibileのほうを強調するときに使われるようになった。こうして洗礼や聖餐を中心に,教会の諸活動にことばとしるしによるキリストの救いの恵みの実現を見るサクラメント(秘跡)観がしだいに形成された。アウグスティヌスは秘跡における見える物的素材を〈しるしsignum〉,それによって表される神の救いの働きを〈事自体res〉と名付け,これを成立させているのがキリストの秘跡制定の〈ことばverbum〉であると考えた。中世の秘跡神学は,P.ラドベルトゥス(856ころ没)に始まる聖体論争に集中し,そこでは秘跡における恩恵の働きの実在を,素材の中に実体的に対象化して考える傾向が強かった。その中で,聖別された素材は恩恵の単なる象徴にすぎないとするトゥールのベレンガリウスの説は異端として退けられている。やがてペトルス・ロンバルドゥスなどによって12世紀以来,秘跡の概念,本質,七つの数などが詳細に論じられるようになった。
聖書のミュステリオンが神からの啓示によらなければ人間には信仰の対象とならないように,サクラメントもキリストのことばとしるしによる制定と執行命令が,直接か少なくとも間接に明らかにされなければ,その存在理由は確立しない。他方これが確立すれば,そのことばとしるしによって表される実在が,その時その場に現在するものとして人間的に体験されるものとなるのである。このことから,まずキリスト自身がいかなる場合も秘跡の創始者,行為者として原秘跡であり,キリストを頭と戴くキリスト者の共同体である教会は,キリストの制定したことばとしるしによってすべての秘跡的活動を執り行っているのであるから,これを根源的秘跡と見ることができる。しかし,中世の秘跡神学では,人生の重要な契機にあたって個々の秘跡を通して与えられる恩恵の仲介に主力が注がれた。トマス・アクイナスはアウグスティヌスの〈しるしsignum〉をアリストテレスの質料形相論によって〈質料materia〉と〈形相forma〉に分け,前者には洗礼の水や聖餐のパンとブドウ酒を,後者には制定のことばを当てた。またアウグスティヌスの〈事自体res〉に関しては,各秘跡のもたらす恩恵の効果effectus gratiaeとして詳細に論じている。こうして秘跡の効果は,教会の奉仕者である秘跡執行者の倫理的状況いかんによるよりは,キリストによって成されたわざとしての秘跡自体の事効的効力opus operatumが重きをなすことになるのは当然である。ただ,秘跡執行者には教会の意図することを行う意向が必要であり,受領者には教会の秘跡を受けようとする意志が必要で,これに妨げを置かないことnon ponere obicemが前提とされること,また,洗礼,堅信,叙階の三秘跡は,受ける人の霊に消えることのない印章characterをしるすから生涯一度しか受けることができないことなどが,やがて神学者の間に共通に認められるところとなった。
教会が公会議で個々の秘跡の七つの数を信仰宣言の中に初めて取り上げたのは,東方正教会との合同の問題を扱った第2リヨン公会議(1274)においてである。それはラテン語でbaptisma(洗礼),confirmatio(堅信),paenitentia(回心),Eucharistia(聖餐),ordo(叙階),matrimonium(婚姻),extrema unctio(終油)と呼ばれた。その後,回心と聖餐の順序が入れ替えられ,アルメニアの教会との合同にあたってもこれが要求されている(1439)。
中世末期の神学には,概念のみにとらわれる多分に唯名論的傾向が見られ,典礼のことばとしるしがしだいに形式化されるのを神学的に反省し正してゆく力はなかった。一般の大衆には,秘跡のことばとしるしを救いの恵みを受ける単なる手段とみなすような魔術に近い実践が目だつようになった。宗教改革者は,人間のわざによって獲得しようとする宗教行為に強く反対し,キリストに対する信仰のみを強調して,秘跡のキリストによる制定も狭義にとって聖書にのみ求めた。プロテスタントの諸教会にとって救いとなるキリストとの出会いは,ことばによる宣教を信仰をもって受け入れることが主となり,サクラメントは教派によって異なるが,普通は洗礼と聖餐を残すのみとなった。宗教改革の直後に開かれたトリエント公会議(1545-63)では,改革者個人の信仰が教会の信仰の伝統から逸脱していないかを検討することに主力が注がれ,特にルター(1546没)によって否定されたミサの奉献sacrificiumとしての性格や,七つの秘跡とそれによってもたらされる恩恵の効果などがトマスの神学によって詳細に規定された。しかし,これによって一般のサクラメント理解は,プロテスタント側には〈信仰のみ,聖書のみsolafide,sola scriptura〉を助長させることになり,カトリック側には恩恵を受ける単なる手段として見る傾向と実践を強める結果になったことも見逃すことはできない。
第2バチカン公会議(1962-65)は,秘跡の典礼のしるしとしての性格から信仰の要素に注目し,これが効果的なものとなるよう刷新を促している。他方,キリストの救いの秘義から生じた教会を,救いの普遍的秘跡として示すことによって,秘跡の概念を聖書の秘義に基づかせ,秘義神学の発展によってキリストを原秘跡Ursakrament,教会を根源的秘跡Wurzelsakramentと見る新しい秘跡神学を実質的に承認した。また,秘跡のことばとしるしが恩恵をもたらすとともに,すでに受けた恵みが信仰告白されることを明らかにした。さらに秘跡におけるキリストの現在の問題も,聖別されたパンとブドウ酒におけるキリストの現在に限らず,ことばとしるしによる典礼行為と行為者の全体にわたって取り扱うことにより,トリエント公会議の秘跡に関する叙述を否定することなく補足した。各秘跡の詳細については,〈洗礼〉〈堅信〉〈聖餐〉〈ゆるしの秘跡〉〈病者の塗油〉〈叙階〉〈婚姻〉の各項目を参照されたい。
執筆者:土屋 吉正
アメリカ合衆国,カリフォルニア州中部にある同州の州都。人口45万6441(2005),大都市域人口142万(1992)。サクラメント川とアメリカン川の合流点に立地し,市名はこの川に由来する。スイス人J.A.サターにより1839年コロニーが建設され,その後ゴールドラッシュ景気で町は繁栄し,54年州都となった。ポニー・エクスプレス,サクラメント川の河川交通,鉄道交通のターミナルとして大きな役割を果たした。セントラル・バレーという肥沃な農業地帯の果物,野菜などの農産物取引・加工の中心地として重要。第2次大戦前には日系人が多かった。
執筆者:矢ヶ崎 典隆
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
日本語では秘蹟(ひせき)とよばれる。カトリック教会がキリストの救いの力によって施行する儀式において発揮する活作用のこと。それは、聖体、洗礼、堅信、品級、婚姻、告解、終油の七つである。
サクラメントの本質はトリエント公会議(1545~1563)によって次のように定義されている。(1)キリストによって制定されたこと、(2)神の超自然の恩寵(おんちょう)を示し、それを与える印(しるし)(シンボル)であること、(3)その印は質料materiaと形相formaからなる統一体である。たとえば洗礼の場合、水で受洗者を洗うことが質料であり、洗礼を授ける者が受洗者にいうことば「私は父と子と聖霊の御名においてあなたに洗礼を授ける」が形相である。「教会の秘蹟は外形的な儀式によって授けられるが、そのとき秘蹟の効果を霊魂に実現するのはキリストご自身である」(ピオ12世「神秘体に関する回勅」)。つまり、秘蹟の効力の源は、救い主イエス・キリストの功徳、とくに受難と復活の功徳である。
七つの秘蹟は前述のような共通性をもつが、おのおのはそれぞれの機能と目的をもち、それでいて全体として一つの統一をなしている。
洗礼によって人間は罪が許され、神の子となり、教会という共同体のメンバーとなる。堅信によって人々は恩恵が増し、信仰は強められ、信仰のために働くキリストの兵士となる。聖体によってキリストの受難と復活にあずかり、キリストと一致し、教会とより深く結ばれる。告解によって犯した罪から浄(きよ)められ、終油によって霊的にも肉体的にも病から回復する。叙階によって教会はその牧者を得て、霊的に成長し、婚姻によってキリストと教会の霊的結合を象徴し、神の民を増やす。七つの秘蹟の現れ方はこのように異なるが、サクラメントがキリストの救いの働きによって人類に与えられた「神のいのち」の充満の具体的顕現であるという点では一致している。そのいのちの「充満」は教会に宿り、教会は秘蹟を通じてそのいのちをすべてのメンバーに分け与えるのである。
ギリシア正教会では、カトリック教会と同じく七秘蹟を認め、これらを荘厳な典礼において施行することが教会生活の中心をなしている。プロテスタント教会ではサクラメントをもっとも重要な教会の業となすが、各派によってその理解が異なる。七秘蹟のうち、聖書に基づき洗礼と聖餐(せいさん)(聖体と同じ)の二つのみをサクラメントとして認める。だが聖餐については、ルター、カルバン、ツウィングリの三者に意見の対立がみられたように、「聖餐のうちにキリストは真に現存するか」などの問題は、今日も論争されているものである。
[門脇佳吉]
アメリカ合衆国、カリフォルニア州中北部、サクラメント川に臨む同州の州都。人口40万7018(2000)。コースト山脈とシエラ・ネバダ山脈に挟まれた肥沃(ひよく)なセントラル・バリーのほぼ中央に位置する。行政および交通、商工業、文化の中心地であるほか、工業力と肥沃な農業地帯、さらに美しい景観を同時にあわせもった恵まれた都市の一つといえる。サクラメント谷に産する野菜、果物の集散地、市場であり、これらが主産業である食品加工業を支える。そのほか、石油、天然ガス、材木、鉱石、水力などの資源が豊富なため多くの工業が発達し、近年はロケットエンジン、ミサイルなど航空宇宙産業やエレクトロニクスの中心地としても知られる。1839年スイス人のJ・A・サターが入植、48年サターの経営する工場付近に発見された金鉱脈が大ゴールド・ラッシュを引き起こし、町は物資供給地として大きく発展し、54年には同州の州都となった。のち河口港としての活躍が目だつとともに、1856年に同州最初の鉄道のターミナルとなってから、60年ポニー・エクスプレスの西のターミナル、69年の大陸横断鉄道の開通まで鉄道交通の中枢都市としてさらに発展した。
文化の中心でもある同市は、数多くの美術館、博物館をもつが、なかでもダ・ビンチ、ミケランジェロ、レンブラントなど世界の巨匠の作品を集めたクロッカー美術館や、博物館として一般公開されているフォート・サター、昔のサクラメントの町を復原したオールド・サクラメントなどが興味深い。ツバキの産地で、「ツバキの町」と別称されている。
[作野和世]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
秘蹟(ひせき)。カトリック教会には洗礼,堅信,聖体(聖餐(せいさん)),告解,終油,叙階,婚姻の7秘蹟がある。神の恩恵を与える手段で,これを与える人の力によらず秘蹟自体の力で作用する。古代教会以来,聖職者の特権として秘蹟授与が行われたが,洗礼は緊急の場合俗人も与えることができる。キリスト教の重要な特徴はこの秘蹟にある。プロテスタントでは2秘蹟(洗礼,聖餐)を認めている。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
…しかし,その本来の意味は,神の霊の働き,および賜物を,一般信徒の手の届くところまで身近なものにする,ということにほかならない。ローマ・カトリック教会における信者たちの生活の中心は七つの秘跡(サクラメント)であり,秘跡中心主義がカトリック教会の第4の特徴である。プロテスタント諸教会においても洗礼,聖餐などの聖礼典(サクラメント)が定められているが,洗礼,堅信,聖体,ゆるし,病者の塗油,叙階,婚姻の七秘跡を,キリスト自身によって定められた,恩寵に参与するための手段として認めているのはカトリック教会と東方正教会である。…
※「サクラメント」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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