翻訳|furniture
室内外の空間において人間が生活を営むために使用する道具類の総称であり、代表的なものには椅子(いす)、ベッド、机、テーブル、たんす、戸棚などがある。これらはもともと建物に固定されず、動かせる道具類をさしていた。ドイツ語のMöbelや、フランス語のmobilierは、ともに「動くもの」からきている。一方、建物に固定された造り付けの家具は、フィクスチュアfixtureとよばれ区別されていた。英語のファーニチュアfurnitureは「設備されたもの」から出ているが、現在このことばは、インテリアのなかで動くものはもちろん、建物に固定されたものをも含み、さらに戸外で使用されるベンチや街灯、ごみ箱などをもストリート・ファーニチュアとよぶようになったので、これをもあわせて、その概念は従来よりはるかに広くなってきている。
家具は建物の造り方と密接な関係をもつ。日本の伝統的な家は、木の柱を立ててその間に軽い建具をはめ、床(ゆか)の上に直接座って暮らす開放的な形式であったので、室内にはごくわずかの家具しか置かれず、平安時代にはそれを「調度」とよんだ。この家の造り方はのちに数寄屋造(すきやづくり)に発展していくが、畳の上の住まい方は融通無碍(むげ)で、膳(ぜん)を置けば食事室になり、ふとんを敷けば寝室になるという使い方ができるので、家具もまた軽くて容易にかたづけられる小形のものが多かった。いわゆるノーファーニチュア(家具を使わない)の住まい方が日本の伝統的なものになっていた。
一方、ヨーロッパの家は厚い壁で囲まれていて、寝室にはベッド、食堂には食卓と椅子というように部屋の中には各用途にあった家具が置かれた。そのため家具を移動させる必要がなかったので、古くから重く大きいものが発達した。普通、ヨーロッパの椅子を使う住まい方を「椅子式」、日本のように畳の上で暮らす住まい方を「平座式」とよんで区別している。
明治初期の日本には文明開化とともに椅子式生活が取り入れられた。最初に椅子を使用したのは役所と学校であったが、庶民の日常生活は相変わらず畳の上で行われていた。それが急速に椅子式に変わり始めたのは1955年(昭和30)ころからとみてよい。とくに日本住宅公団(現、都市再生機構)の集合住宅がつくられ、団地が普及してから、生活様式は椅子式へと変わっていった。
家具はまず食事室に椅子を取り入れることから始まり、DK(ダイニングキッチン)に続いてLDK(Lはリビングルームの略)が一般的なものになると、居間用のだんらんのための家具が普及していった。昭和30年代には木製家具の生産量は10倍に伸びたが、その数字はこの時期に日本の生活様式が急速に椅子式に変わっていったことを物語っている。第二次世界大戦前において応接家具をもつのは一部の上流階級にすぎなかったが、この時期を境にして庶民の間にも組合せの家具が広く行き渡るようになった。それに伴いインテリアへの認識もまた少しずつ変わっていくことになった。
[小原二郎]
家具は商品の立場から和家具と洋家具、および箱物家具と脚物(あしもの)家具に区別することができる。和家具は伝統的な桐(きり)だんすで代表されるが、最近その生産量が減少し、意匠もまた洋家具に近づいてきたので、外観上の両者の差はしだいに少なくなっている。洋家具はもとはヨーロッパ風の家具の意味であったが、いまでは普通に家具といえば洋家具をさす。
箱物家具と脚物家具は形態的な立場からの区分である。前者はたんす、戸棚などを、後者は椅子、テーブルなどをさす。木製家具のメーカーは、上記の和家具、洋家具の箱物と脚物の三つの分類によりほぼ区分され、二つを同時に生産するところは少ない。
材料により大まかに分類すると、木製家具、鋼製家具、軽金属製家具、籐(とう)製家具、プラスチック製家具になる。このうち木製家具と籐製家具は主として家庭用に、また鋼製家具、軽金属製家具とプラスチック製家具は事務所および学校用として多く使われる。
機能的な立場から分類すれば、(1)人体系の家具(椅子やベッドのように人体を支持することを目的とするもの)、(2)準人体系の家具(机、テーブル、カウンターのように物をのせたり、その上で作業することを目的とするもの)、(3)建物系の家具(たんす、戸棚のように物を収納したり、間仕切りのように部屋をくぎるためのもの)となる。人体とのかかわりは人体系家具のほうが大きく、建物とのかかわりは建物系家具のほうが大きいので、このようによばれる。したがって形状、寸法を決めるときは、前者には人体寸法との関係を、後者には建築モデュール(基準寸法)との関連を考慮して設計する必要がある。その意味では、人体系の家具は家具というより、むしろ「体具」とよぶほうが本来の性格を表すものだという意見もある。
用途により分類すると、(1)事務用家具、(2)学校用家具、(3)病院用家具、(4)図書館用家具、(5)家庭用家具などになる。
構造の立場からみると、(1)折り畳み式、(2)組み重ね式、(3)組合せ式、(4)分解式、(5)多用途式に分けられる。折り畳み式の椅子は収納や移動に便利であり、テーブルに利用すると、使用人数にあわせて、甲板の面積を調節することができる。組み重ね式は、同じ形で同じ大きさの家具を積み重ねて収納に便利なようにくふうしたもので、椅子などにその例が多い。組合せ式は、単位相互間に寸法調整のできたものを組み合わせて大きな家具にするもので、その例にユニット家具とよばれるものがある。分解式は、必要に応じて部品に分けて、容積を小さくすることのできる機構のもので、生産技術の進歩に伴い製品化された。多用途式は、2種以上の用途を満たすもので、ソファベッドや、鏡台兼用のテーブルなどがその例としてあげられる。
[小原二郎]
家具が備えているべき基本的な条件をあげると次のようになる。
〔1〕機能性 家具は生活を便利にするための道具であるから、まず「使い勝手」のよさを満足していなければならない。たとえば椅子やベッドのような人体系の家具についていえば、体の支持が使用目的にあうようにつくられていること、また材料は直接体に触れるところと触れないところを考え、適材を適所に使い分けてあること、さらに構造についていえば、荷重に対して十分に耐えるようにつくられていること、などである。また机やテーブルのような準人体系の家具を例にとれば、甲板の広さと高さとが適当で、甲板の下には下肢(かし)を動かすのに支障のない空間が確保されていること、などである。さらに建物系である収納家具の例では、外形寸法と部屋の内法(うちのり)寸法との間に寸法の調整が成り立っていること、また収納空間と収納物との間にも寸法的な矛盾のないこと、などが必要な条件である。寸法調整ができていると家具相互の組合せがうまくいくのみならず、部屋の中に並べたときむだな空間が残らないので収納効率が高められ、見た目にもすっきりする利点がある。機能性を高めるための基礎技術には人間工学やモデュールなどの資料が必要であるが、最近ではそれらの研究が進み、実際面にも応用されるようになってきた。なお、事務用家具と学校用家具および一部の家庭用の家具については日本産業規格(JIS(ジス))の規定があり、寸法、材料、構造などの基準を決めているので、これに該当するものの性能は一定の水準以上にあると考えてよい。
〔2〕安全性 家具は使いやすさと同時に安全性も保証されていなくてはならない。その一つは力に対するもので、十分な強度をもち、破壊や変形をしないことのほかに、地震に際しても転倒しない安全性が要求される。2番目は形状的な安全性で、日常の取扱いにおいて傷害を与えないようにつくられていなくてはならない。3番目は火災に対する安全性で、着火しにくく、有害ガスを出さないことなどが保証されている必要がある。ベビーベッド、二段ベッド、乳児用ハイチェアなどの一部の家具に対しては安全基準で寸法や構造などの仕様が決められているので、それらの点は保証されていると考えてよい。
〔3〕耐久性 じょうぶで長もちすることも家具に要求される条件の一つである。熱、水、湿気、日光、腐食、油、薬品などにも十分に耐えられるようにつくられていることが必要であり、耐熱性、断熱性、耐水性などとよぶ数値によって、その性能が表示されることもある。なお力に対する性能は、荷重を受けたときの変形や、繰り返し負荷に対する抵抗力などにより示されることが多い。JISや安全基準のなかには、それについての標準値が決められている。
耐久性に関連して保守、管理のしやすさも考えなくてはならない。掃除がしやすく、部品の交換が容易であること、修理がしやすいことなども家具の寿命を長くするうえで必要な条件である。こうした維持保存性が家具の意匠に取り入れられるようになったのは比較的新しいことであるが、現在では評価の重要な項目の一つになっている。
〔4〕経済性 経済性はここでは生産性と考えてもよい。家具の価格は安価であることが望ましいが、そのためには、設計にあたって、生産が合理的に進むように計画しておく必要がある。量産家具とよばれるもののなかには、手加工の部分がほとんどなくなり、機械加工のみによりできあがってくるものもある。一方、工芸的な手作りの家具への要望も根強く残っているので、家具の経済的評価は価格の高低のみによっては考えられない。
〔5〕審美性 家具はもっとも身近なところに置く道具であるから、生活に潤いを与えるようなものであることが望ましい。たとえ前述の四つの条件を満たしていても、形態的に洗練されたものでなければ、よい家具とはいいがたい。つまり、家具には、実用的な側面と美的な側面とが必要なのである。しかし、その美しさの基準は、時代や民族により、さらには個人によって異なるので、それを一つの形としてとらえることはむずかしい。いわゆる伝統的な様式家具とよばれているものは、さまざまな時代のいろいろな地方の人々により、いくつかの試みがなされたのちに、大部分の人に満足されるところにまで向上した一つの様式であるということができる。
20世紀に入って生活様式の合理化と生産方式の機械化とが進んだために、世界的に美しさの評価基準は変わり、全体的に装飾的なものを捨て、機能的なものへと移ってきた。現在における家具設計の主流は、この流れに沿っているとみてよい。
以上の五つの条件には互いに両立しないものもあり、また使用目的によっては要求度の少ないものもある。いずれにしても、使う目的にあうように均衡をとってまとめられたものが本当によい家具といえる。
[小原二郎]
主要な木製家具の生産地をあげると次のようである。たんす類は広島、福岡、愛知、新潟の各県。桐だんすは川越(かわごえ)、春日部(かすかべ)(以上埼玉県)、加茂(かも)(新潟県)の各市。和だんすは大川(福岡県)、広島、府中(以上広島県)の各市など。戸棚類は群馬、広島、愛知、静岡の各県。机、テーブル類の生産は各地で行われているが、特殊なものは次の地方が著名である。座卓は高松、金沢の両市と津軽地方。卓袱台(ちゃぶだい)は静岡、高松の両市。椅子類は福岡、広島、徳島、岐阜の各県と東京都。鏡台類は静岡、徳島の各県。
[小原二郎]
家具に使われるおもな材料は、木材、鋼(スチール)、軽金属、プラスチック、籐、竹などであるが、使用材料により製造方法も違うので、以下それぞれについて概要を説明する。
[小原二郎]
もっとも古くから使われてきたのは木材で、現在でも家庭用の家具の大部分は木材または木質材料でつくられている。
(1)木材 木材には針葉樹と広葉樹とがある。針葉樹の代表的なものはヒノキ、スギ、マツなどであるが、材質が軟らかいので軟材とよばれる。削ったままの肌が美しいので白木で使われることが多い。広葉樹ではナラ、サクラ、ケヤキ、ブナ、カバ、シオジなどが使われ、硬く重いので硬材ともよばれる。削ったままの肌は美しくないが、塗るときれいになる。和風の室内には針葉樹が使われ、洋風の室内や家具には広葉樹が使われる。現在は国産材が不足しているので、南洋材のラワンをはじめチーク、ウォールナットなどの輸入広葉樹がそれを補っている。このほか特殊なものとして、高級和家具には唐木(からき)が使われている。唐木とはシタン、コクタン、カリン、タガヤカンなどの南方産の重い硬木の総称である。
木材のもっとも大きな特徴は、木目があって暖かく、親しみやすいことであるが、それは、かつて生命をもっていた細胞が特有の味わいをもつからである。この生物材料としての特性は、工芸的な使い方をしたとき、いちばんよく生かされる。
木材を家具に使うときいちばん困るのは、伸び縮みして形が狂うことである。細胞の主成分はセルロースであるが、セルロースは水を吸いやすいので、大気中の湿度の増減に伴い木の含水率は変化する。含水率が変化すると細胞は収縮したり膨張するが、繊維は縦方向に並ぶので、縦と横の伸び縮みの量には20倍ほども違いがある。そのために木は狂ったり割れたりする。この欠点を防ぐため、合板や繊維板などがつくられた。また木の組合せ方をくふうして、狂いにくい心材をつくり、それに化粧板を張り付ける技術も発達した。現在市販されている家具の大部分は、それらの加工木材でつくられていると考えてよい。いずれにしても木材は狂いやすい材料であるから、あらかじめよく乾燥させることがたいせつで、含水率を10~12%にまで乾燥させたのちに使用することが望ましい。
(2)合板 木材を薄くはいで単板をつくり、繊維方向を90度交差させて張り合わせたものである。単位の薄板をベニヤ、重ね合わせたものを合板という。木の縦横の収縮の違いを相殺する構造にしてあるため、狂いが小さい。薄いものは箱物の部材に使い、厚いものは机の甲板などに利用する。表面には高級材や合成樹脂板を張ることが多い。
(3)パーティクルボード、ハードボード 木材をチップ状にして固めたものをパーティクルボードparticle board、繊維状に解体してふたたび固めたものをハードボードhard boardという。いずれも木材の異方性をなくし狂いを防ぐ目的でつくられたものである。表面に化粧板を張って使う。
木製家具は従来は手工芸的な方法でつくられていたが、現在では特殊な高級品を除いて機械加工による量産方式でつくられるようになった。それは、部材が合板などにより均質化されたこと、加工精度があがったこと、およびどの部分を組み合わせても支障がないように生産技術が進歩したためである。木材は直線的で幅に制限のある材料であるため、つねに接着の問題が伴う。従来はこれを解決するために種々の組み手がくふうされ、その精密さを誇ったが、近年は接着剤の性能が著しく進歩したため、複雑な組み手の必要はなくなってきた。
木製家具の特殊なものとして曲木(まげき)家具と成型合板家具とがある。曲木家具は、木材を蒸煮して望む形に曲げ、乾燥して固化させたもので、19世紀の初めにオーストリアのトーネットM. Tornetにより開発され、それ以来広く世界に普及した。これは、木材の宿命的な直線的制約から脱皮して、自由な曲線が得られるところに特色がある。現在では新しい材料の開発により、曲線をもつ家具を自由につくれるようになったが、曲木独特の味わいは家庭用家具としていまなお広い支持を受けている。
成型合板家具は、合板を重ね合わせ曲面に成型してつくった家具で、木材の宿命的な直線と幅の制約を破った画期的な手法として歓迎された。これには第二次世界大戦中の木製飛行機の技術が大きく貢献している。現在ではプラスチックによって曲面の成型は容易になったが、木材はやはり独特の味わいをもつため、公共用、家庭用家具として広く用いられている。
[小原二郎]
薄鋼板製のもの、パイプ製のもの、および丸鋼製のものがある。薄鋼板製の代表的なものは事務用机と椅子である。20世紀の初めイギリスでつくられたが、堅牢(けんろう)で耐久性があることから作業用家具として普及した。日本でこれが使われ始めたのは第二次大戦以降のことで、今日では事務用家具といえば鋼製のものを連想するまでに普及した。ただし家庭用としては、材料の硬くて冷たい感触が好まれない。そのため最近では骨格部分にだけ鋼を使い、見えがかりの部分には木材などを使った合成の家具もつくられるようになった。
パイプ製の家具は金属パイプを使ったもので、1925年にブロイヤー(1902―81)によって初めて発表された。パイプ家具は加工が容易で生産性もよく、軽量で使いやすいので、その後広く普及したが、感触が冷たい欠点があるので、主として公共用に使われている。最近ではパイプをプラスチック被膜で覆う方法が発達したので、この欠点が補われるようになった。
丸鋼製家具は、針金状の丸鋼を組み合わせてつくる家具で、主として椅子に利用される。従来は庭園などの特殊な用途に限られていたが、第二次大戦後にイームズやネルソンらによって新しい意匠のものがつくられてから見直されるようになった。
[小原二郎]
軽いことと軽金属独特の材質の美しさをねらったもので、アルミニウムやマグネシウム合金が使われる。とくにアルミニウムは軽量を目的とする交通機関の座席の材料として重要で、最近はダイカストdie casting(溶融金属に圧力を加えてダイスに注入し鋳物をつくる方法)の生産技術がこの方面にも応用され、一般向きの家具も軽金属でつくられるようになった。
[小原二郎]
普通にはFRP(強化プラスチック)やABS樹脂などの合成樹脂を成型した椅子やテーブル類をいう。自由な曲面を薄くじょうぶにつくることができるので、椅子の材料として画期的なものとなった。この種の椅子の代表としてイームズやサーリネンの作品があげられる。最近は発泡性の樹脂を使う技術が開発されてきたので、椅子の形は従来の概念から離れて、まったく自由なものになってきた。プラスチックには熱硬化性のものと熱可塑性のものとがある。前者は加熱により硬化してふたたび軟化しないもので、フェノール樹脂およびユリア樹脂がこれに属する。後者は熱を加えると可塑性になるもので、加工性が高い。アクリル樹脂、塩化ビニル樹脂などがこれにあたる。なおプラスチックは化粧板としても広く利用され、現在では家具の主要な材料の一つになっている。とくにメラミン系のものは耐熱性で薬品に侵されにくく、着色も自由であるため、机の甲板やたんすの扉などに広く利用されている。
[小原二郎]
トウは台湾、東南アジアに産するつる性植物である。籐でつくった家具は軽くてじょうぶで独特の味わいをもつ。従来は夏季用の簡易な椅子にしか使われなかったが、最近ではその特性を生かした高級なものがつくられるようになり、東洋の特産品として西欧にも輸出されている。
[小原二郎]
欧米における家具様式の発達の過程はおよそ次のようにまとめられる。
[小原二郎]
家具の歴史はエジプトに始まるが、これらはいずれも支配階級に使用された。材料は木材で、資源が乏しかったためにシリアなどから輸入した。装飾の技法は高く、象眼(ぞうがん)には遠くインドから運んだ唐木類も使われていた。ギリシア時代になると市民生活が発達して装飾は控え目になり、実用的で簡素な形式のものがつくられるようになった。同時代の後半からはふたたび装飾的になっていった。ローマ時代になると装飾はより顕著になった。種類としては王座、椅子、テーブル、ベッドなどのほかに書棚、たんす、食器戸棚が出てくる。それらには青銅や大理石のほか、北アフリカから運んだ木材が使われた。
[小原二郎]
ローマ帝国の崩壊とともに古代家具の伝統は失われた。北方から移住したゲルマン民族は、古代社会とは違う封建制度と、キリスト教に基づく社会形態をつくったので、それに伴い家具もまた特色のあるものがつくられた。
(1)前期 11世紀から12世紀にかけてロマネスクとよばれる古代ローマ風の様式が生まれた。当時の生活文化の担い手は修道院の僧侶(そうりょ)たちであったが、彼らはロマネスク建築の特色を家具の装飾要素に取り入れ、素朴で格式のある様式を生んだ。
(2)後期 14~15世紀になると、家具は意匠、構造ともに著しく進歩した。それは、経済活動が活発となり、家具職人の間にもギルド制度が確立したためである。それに伴い家具は素朴な様式にかわり框(かまち)組みの豪華な彫刻をもつゴシック家具がつくられるようになった。框組みの技法を用いることにより板幅に制約されず、大型の家具をつくることが可能になった。この時代の家具のもう一つの特徴は移動に便利なようにつくられていることである。その理由は、マナハウスmanor houseとよばれる領主たちの住居形式が完成したからであった。貴族たちは領内に数か所の邸宅を所有し、接待用や旅行のために家具を持ち運んだのである。中世の家具のなかでもっとも重要なものはチェストchestで、衣類、器具、調度類を収納した。この時代の家具の特色は全体として形態、様式ともに地域差の少ないことである。
[小原二郎]
イタリアのフィレンツェで始まったルネサンス運動は、15世紀後半にはフランスへ、16世紀前半にはドイツへ、そして16世紀後半にはイギリスに影響を及ぼし、それぞれの国で固有の様式を発達させた。
(1)イタリア 特徴は、均衡の美しさが強調されていることである。家具の種類も多い。装飾技法には象牙(ぞうげ)細工や象眼のほか、表面に刳型(くりがた)をつけ、着色やめっきを施す方法が使われた。
(2)フランス フォンテンブロー宮を中心に発達し、ルイ13世のとき、イタリアの過剰な装飾を排除し、厳格な意匠をもつ独自の様式が完成した。
(3)イギリス 従来の素朴なゴシック様式と入れ替わってエリザベス女王の時代にイタリアのルネサンス様式が導入された。
[小原二郎]
17世紀の後半にフランスで開花したバロック様式はヨーロッパ全体に大きな影響を与えた。その特徴は、実用性よりも権威を誇るための装飾性が重視されたところにある。
(1)フランス ルイ14世の時代にベルサイユ宮殿を中心に発達し、王立のゴブラン工場で家具もつくられた。
(2)イギリス フランスやオランダからの影響を受けてウィリアム・アンド・メアリーWilliam and Mary様式ができあがった。
[小原二郎]
(1)フランス 1730年から60年代にかけてロココ様式の家具が流行した。これはベルサイユ宮殿から出たもので、ルイ15世の優雅な宮廷生活にふさわしく上品に洗練されていることが特徴である。
(2)イギリス 1740年代にこの様式が導入され、名匠チッペンデールの美しい家具が生まれた。
(3)アメリカ 17世紀からイギリスのバロック様式を模倣したが、しだいに植民地の生活にふさわしい様式をつくりあげていった。18世紀にはイギリスからチッペンデール様式が導入され、アメリカにもロココ風の家具が流行するようになった。
[小原二郎]
(1)フランス 1750年ころからルイ16世様式とよばれる新古典式の家具が流行した。これは、ロココに飽きた人たちの間で、古代ローマやギリシアへのあこがれとして生まれたものであった。
(2)イギリス この時代にロバート・アダムRobert Adam、ヘップルホワイト、シェラトンThomas Sheratonなどの家具の名匠が生まれた。
[小原二郎]
フランス革命後におこった様式で、1815~50年ころまでの間にヨーロッパ諸国に流行した。ナポレオンの栄光をたたえるために古代ローマの装飾を模倣した荘重豪華な様式であった。アメリカには19世紀前半にこれが紹介されたが、その後、高級家具を代表するアメリカンアンピールの様式に発展した。
[小原二郎]
19世紀後半は機械生産方式の導入により家具の意匠がもっとも混乱した時代であった。イギリスではそのころビクトリア様式が流行していたが、事情は同じであった。そのなかからモリスは、大衆のための誠実な意匠の創造を主張した。それが工芸運動Art and Crafts Movementとして発展した。フランスやベルギーではモリスの影響を受けて1893~1910年ころにかけて、植物の曲線形態を構成原理にしたアール・ヌーボーの様式が生まれた。ドイツやオーストリアでも合理主義的な運動がおこったが、ウィーンに生まれた分離派Sezessionはその一つである。この時代の家具意匠の重要な課題は、形態の機能性と構造の単純化とであり、運動の中心はドイツに移った。1919年にはワイマールにバウハウスが設立され、そこから鋼管家具や成型合板家具、組立て家具など、現代家具の母体になるものが生まれた。やがてナチズムの台頭によりバウハウスは閉鎖され、そこで活躍した人たちはアメリカに亡命した。そのため第二次世界大戦後、モダンデザインはアメリカを中心にして発展することになった。
なお北欧のデンマーク、スウェーデン、フィンランドなどは、第一次大戦以降、木材の美しさと素朴な工芸的表現とを調和させて独特の様式の家具を発展させてきた。
[小原二郎]
ヨーロッパとは異なる風土、文化、居住様式のなかから独特な家具の様式が生まれた。
(1)中国 居住様式の単純さに対応して家具の種類は限られている。漢代の初期に仏教とともに椅子や寝椅子がインドから導入された。明(みん)代は中国家具のもっとも発達した時期とみてよい。
(2)日本 初め中国から倚座(いざ)式の家具が導入されたが、日本では床に直接座る平座の生活様式が発達したので椅子は定着しなかった。その当時に輸入された家具は平安時代に完成し、江戸時代までほとんど変化なく継承された。江戸時代には大名の家具が生まれたが、町人はこれとは別に実用的な家具をつくり、それらはやがて和家具とよばれる形式にまとまって今日に至っている。
[小原二郎]
室内に配置して日常生活に用いる道具の総称。たんす,テーブルなど可動的なものと,暖炉などのように家に造りつけのものとがある。
古代ギリシアやローマではまだ家具を総称する言葉はなく,家具という概念が生まれるのは中世からといわれる。中世の封建制度が成立したころから,領主たちは領内に夏の館や冬の館など二,三の館を所有し,季節ごとに領内巡視をかねて移動することが慣例であった。そこで館から館への移動に椅子やテーブルを運びこむ生活形態がとられた。中世の家具の特徴の一つは,持運びの便を考慮して,家具の多くが分解可能な構造となっていることである。家具を意味するドイツ語メーベルMöbel,フランス語ムーブルmeuble,イタリア語モビリオmobilioなどは,ラテン語のモビリスmobilis(〈動かすことができるもの〉の意)に由来する。一方,英語のファーニチャーfurnitureは中世のフランス語フルニールfurnir(設備する)に由来し,暖炉,窓,扉など建物に造りつけの建具まで含む。さらに街路にみられるポスト,電話ボックス,街灯などもストリート・ファーニチャーと呼ばれている。また家具は,生活の実用的な機能のほかに,それを所有する人の社会的地位を象徴する性格をもち,現在でも西欧人の多くは自宅に古い由緒ある家具を備えていることを誇りとする気風がある。それは中世から18世紀に至るまで,家具は上流階級の占有物としてステータス・シンボルを意味したからである。18世紀後半には生活形態の多様化にともなって家具の種類も多くなり,生産量も増大して,家具が一般大衆の生活にも浸透するようになった。とくにイギリスでは19世紀のビクトリア朝時代から20世紀にかけて,中産階級はもちろんのこと労働者階級にも家具が普及した。しかし彼らは18世紀の上流階級のように必要な家具を一定のルールに従って配置する慣習を無視し,もっぱら多数の家具を無秩序に置くことを誇りにした。
このような生活様式の混乱を是正する意図から,建築家ル・コルビュジエは不要な家具を排除し,三つの基本的な家具のカテゴリーを明らかにした。(1)人体を支持する労働・休息の椅子,(2)物をのせたり作業するためのテーブル,(3)物を収納・整理するためのユニット式戸棚である。彼はこの三つの家具について,人間のモデュールを基礎にしてプロトタイプ(原型)をデザインした。これらの家具を生活条件に応じて自由に組み合わせ,生活空間を構成するのである。ル・コルビュジエは,新しい建築空間にとって家具は生活空間を積極的に構成する〈装備équipement〉であると主張した。また,同じころリートフェルトはキュビスムの視覚言語を家具デザインに導入し,機能をこえて抽象的な空間構成の要素として家具をとらえた。彼の家具は抽象彫刻と同じように純粋な形態創造として生活空間を構成する。家具は空間のオブジェとしての性格をもつと考えられ,抽象化の方向は1960年代以後パントンVerner Pantonのスタッキング・チェアはじめ多くのデザイナーに影響を与えた。
家具は人間の生活様式と密接なかかわりをもつとともに,それぞれの国や地域における風俗,習慣,美意識および伝統技術などによって,それぞれ独特な形態や様式を展開してきた。現在,世界の家具に影響を与えているおもな国の家具デザインをあげると次のとおりである。(1)イギリス 18世紀のジョージ王朝期に家具製作の黄金時代が到来し,チッペンデール,ヘプルホワイト,シェラトンなど著名な家具作家や建築家R.アダムなどが活躍した。彼らは機能性を重視して市民生活にふさわしい美しさを備えた軽快な古典主義様式の家具を完成し,現在でもヨーロッパのクラシック家具を代表するものとなっている。同時にウィンザー・チェアのような優れた大衆の家具も作られた。(2)フランス 18世紀のルイ15世からルイ16世,さらにナポレオンの時代にかけて,宮廷や貴族階級の生活様式を反映した華麗で豪華なロココ様式や古典主義様式の家具が流行した。彫刻や寄木の精巧な装飾技術,指物技術,綴織や絹織物の技術などが最高水準に達したのもこの時代である。この高度に洗練された家具製作の技術の伝統を背景に,19世紀末には有機的な曲線をもつアール・ヌーボー様式の家具,さらに1920-30年代にはキュビスムに影響をうけたアール・デコ様式の家具が展開し,世界の家具デザインに大きな影響を与えた。(3)ドイツ・オーストリア 19世紀前期にフランスのアンピール様式の影響をうけ,それをもとにビーダーマイヤー様式と呼ぶ簡素で実用的機能を重視した家具が広く市民階級の生活に浸透した。このような機能性と実用性をたいせつにする伝統は,ゼツェッシオン(分離派)からバウハウスに至る機能主義にもとづく家具デザインを推進した。また1850年代に人気を博したトーネットの曲木家具が生まれたのも,上記のような背景があったからである。(4)イタリア ルネサンスからバロック期にかけての華やかな家具の伝統は以後19世紀末まで失われていたが,20世紀初期のブガッティCarlo Bugatti(1855-1940)の活躍,第2次大戦後のジオ・ポンティGio Ponti(1891-1979)を中心とするミラノ派の大胆な表現を試みた家具などが注目を集めている。(5)アメリカ 植民地開拓時代にイギリスの家具様式と技術を導入して,その風土と生活に適した素朴で実用的なコロニアル・スタイルを展開した。また19世紀前期にはニューヨークを中心にシェーカー教団がすべての装飾を排除した直線構成の機能的な家具を製作し,その簡潔で機能的な美しさが,今日の家具デザインに大きな影響を与えてきた(シェーカー家具)。20世紀には家具生産の機械化が実現し,1940年代からイームズをはじめ優れたデザイナーの活躍によって,家具はインダストリアル・デザインの対象となった。(6)北欧 20世紀になって伝統的な木工技術と人間工学や大陸のモダニズムとを融合させて,スカンジナビア独特の木製家具が製作され,とくに1960年代には世界の家具に大きな影響を与えた。
執筆者:鍵和田 務
日本で〈家具〉という言葉が現在のような意味で使われるのは,近代に入ってからである。言葉自体は鎌倉時代ころから使われているが,当時〈家具〉という言葉は棟,梁,柱などの家屋の部材を指しており,江戸時代には建具あるいは椀(わん)家具(膳)のことを指していた。では現在〈家具〉と総称している財を古くはなんと呼んでいたのか。奈良時代には資財,雑物(ぞうぶつ),鋪設物(しつらいもの),装束など,平安時代に多く使われたのは調度,装束であった。中世には具足,御物,器財など,近世では道具,屋財,家財などのほか,机や棚などの木工品を指物(さしもの)と呼ぶことがあった。明治になり椅子やテーブル,ベッドなど西洋家具が入ってきたとき,これらを表すのにそれまでの家財とか道具では包括しきれなくなって,〈西洋家具〉という言葉を案出したのである。
日本の起居様式は古代から基本的に床座(ゆかざ)(椅子や寝台を使わず直接に床上を生活面とすること)をとってきた。このことが日本の家具を特徴づける一つの要因となっている。椅子や寝台などの脚物家具は発達せず,戸棚やたんすなども脚付きや台付きが少ない。正面性が強く平面的で,造形上直線的で非相称性を好む傾向は日本建築そのものの特質を反映しているといえよう。また西洋や中国の家具では木材,金属,陶器,石,布など多様な材料を組み合わせたものが発達しているが,日本の場合,ほとんど単一素材で作られることも特色といえる。表面仕上げは,蒔絵(まきえ)や螺鈿(らでん)など漆工による加飾と,木地を生かすものとがある。ケヤキや桑などの美しい木目を生かす家具や,ヒノキや杉,桐などの木肌を生かす白木の家具は日本独特のものである。
日本の家具は平安時代以来の伝統を受け継ぎ,屛障具が発達し,古くから規格化,建築化の傾向がみられる。〈しつらい〉とは寝殿造における室内構成法で,固定した間仕切や設備をもたない建造物を,使う目的や時に応じて家具を利用して生活空間を設営するシステムである。これを端的に示すものは屛風や衝立(ついたて)などの屛障具である。平安時代の帳台は分解組立式であり,重ねだんすなどもユニット家具といえる。畳の寸法を基準として屛障具,棚,たんす,布団などがうまく納まるようになっているのは一種のモデュールである。さらにこうした〈しつらい〉の伝統は時代とともに家具の建築化をもたらす。古代から中世後期にかけて,かつて家具として独立していた障子,置畳,厨子(ずし),棚,出文机などがそれぞれ襖,敷詰畳,違棚,書院などと建物に組み込まれていったが,この傾向は近世以降も続き,戸棚が押入れになり,水屋やたんすなどが造りつけになることなどに,この傾向は示されている。
執筆者:小泉 和子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…主として製材,ベニヤ板,合板などの木製基礎資材を製造する産業,ならびにこれらの木製基礎資材や竹,籐などを主要材料とする製品を製造する産業。日本の産業分類(1993年10月改訂)によれば,中分類の木材・木製品製造業と家具・装備品製造業(ただし金属製家具製造業,マットレス・組スプリング製造業を含む)がこれにあたる。それぞれの出荷額をみると,木材・木製品製造業は4兆2264億円で,そのうち一般製材業(1兆5624億円),合板製造業(8551億円)の比重が大きく,続いて木製容器製造業(2333億円)となっている。…
…また,李朝では木工品に独自の造形が見られる。柿,槐(えんじゆ),桐などの木理(もくり)の美を生かした文房家具がそれである。指物(さしもの),挽物(ひきもの),彫物などさまざまな手法を駆使し,簞笥,櫃(ひつ),膳,食器などの家具・調度品,さらに文匣(ぶんこう)(本箱),書案(文机),硯床(けんしよう)(硯箱),文箱,状差し,筆筒などの優れた文房家具をつくり上げた。…
※「家具」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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