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ウンキャル・スケレッシ条約 ウンキャルスケレッシじょうやく

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世界大百科事典 第2版の解説

ウンキャルスケレッシじょうやく【ウンキャル・スケレッシ条約】

1833年7月8日オスマン帝国スルタン,マフムト2世ロシア皇帝ニコライ1世との間で締結された相互援助条約。ウンキャル・スケレッシUnkiar‐Skelesi(トルコ語でフンカール・イスケレシHünkār İskelesi)はボスポラス海峡アジア岸ベイコスの北にある小村で,エジプトムハンマド・アリーの反乱に際し,マフムト2世の要請にこたえ,ロシア軍はこの地に上陸した。反乱収拾後,この条約が,ロシア側の英仏に対する牽制とオスマン帝国側のムハンマド・アリーに対する防御の必要から同地で締結された。

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世界大百科事典内のウンキャル・スケレッシ条約の言及

【海峡問題】より

…1774年にオスマン帝国からロシアが黒海と両海峡の商船の自由航行権を獲得した。さらに1833年のウンキャル・スケレッシ条約によりロシアは,黒海に面していない国々の軍艦の海峡の航行を禁止し,不凍港から暖水域に進出する突破口をつくった。それに対し,第2期の1841年~第1次大戦には,イギリスなどがロシア艦隊の地中海進出を封じこめた。…

※「ウンキャル・スケレッシ条約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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