エデッサ(英語表記)Edessa

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

エデッサ
Edessa

メソポタミア北西部の古代都市。現トルコのウルファ。ハラン平原に位置し,アナトリアからメソポタミア北部へ通じる交通の要衝として栄え,前2千年紀にはフルリ人の町があったが,前 14世紀にヒッタイト人に滅ぼされた。古代アラマイ語でウルハイと呼ばれ,イスラム教はこの町をアブラハムの生地とするが,前3世紀軍事基地が設置されてエデッサと改称,オスロエネ王国の都として,2世紀から 10世紀にかけてシリア文化の中心地として栄えた。特に 150年キリスト教が伝わり,まもなくシリアでのキリスト教中心地となり,最初のキリスト教国が建国され,新約聖書のシリア語版も現れた。5世紀ネストリウス派の中心地となったが,638年イスラム教徒によって征服された。 1098年十字軍がセルジューク朝から奪回して再びキリスト教の根拠地を建設したが,1144年再度イスラム教徒が征服し,さらに 1636年オスマン帝国の支配下に入った。 1894年トルコによるアルメニア人キリスト教徒の大虐殺が行われたところ。

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デジタル大辞泉の解説

エデッサ(Edessa/Έδεσσα)

ギリシャ北部、マケドニア地方の町。テッサロニキの北西約90キロメートル、ベルミオ山の北東麓に位置する。古代マケドニア王国時代の墳墓があるほか、ケサリアナ修道院をはじめとするビザンチン様式の建物が多く残っている。また町の東部にある滝は景勝地として知られる。
シャンルウルファ

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世界大百科事典 第2版の解説

エデッサ【Edessa】

北部ギリシアの中心テッサロニキ市の西方約89kmにある都市。人口1万5900(1980)。ローマの歴史家ユスティヌスによれば,マケドニア王家の始祖が詭計をもってエデッサを陥れアイガイAigaiと呼んだといわれる。エデッサとは,この地の先住民の言葉で〈水〉の意味といわれ,現在も滝が観光の対象である。マケドニアの旧都アイガイとの比定については,現在の学界ではここから南東にあるベルギナ村遺跡が出土品等により信憑性に富むといわれる。

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世界大百科事典内のエデッサの言及

【ウルファ】より

…人口36万(1994),都市域人口69万(1994)。古名はエデッサEdessa。歴史は古く,アナトリアとメソポタミア地方を結ぶ通商都市として栄え,前333年アレクサンドロス大王の征服をはじめ,諸民族の係争の地となった。…

※「エデッサ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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