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オッペケペ

百科事典マイペディアの解説

オッペケペ

明治の中ごろ川上音二郎が幕間に余興として歌って大評判となり,流行した歌。〈オッペケペ〉に始まる囃子詞(はやしことば)の面白さと風刺的内容によって喜ばれ,演歌でも歌われた。

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デジタル大辞泉プラスの解説

オッペケペ

福田善之による戯曲。初演は劇団新人会(1963年)。1964年、第10回「新劇岸田戯曲賞(のちの岸田国士戯曲賞)の候補作品となる。

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世界大百科事典 第2版の解説

オッペケペ

演歌の第1号。川上音二郎作。近代国家にふさわしい開明の思想を,川上は日常の卑近な例に託して歌に詠み込んだ。1890年京都新京極の笑福亭の高座で歌ったところ,京都市民から大いにもてはやされ,翌年の川上の東上とともに東京でも大流行する。やがてこの歌を街頭で読売りする壮士が現れ,〈演歌〉〈演歌師〉ということばも定着する。なお当時の歌の通例として,はやしことばの〈オッペケペ〉が曲名になっている。演歌【倉田 喜弘】

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世界大百科事典内のオッペケペの言及

【演歌】より

…自由民権運動が高揚した1880年代の歌,たとえば植木枝盛の《民権数え歌》や安岡道太郎の都々逸《よしや武士》,あるいは高知の盆踊歌《民権踊》などはいずれも旧来からの旋律で,そうした歌は演歌といえない。演歌の第1号は,川上音二郎作《オッペケペ》である。この歌は1889年に一枚刷の形で出版され,翌年京都の高座で川上が歌って大ヒット。…

【川上音二郎】より

壮士芝居角藤定憲(すどうさだのり)に刺激されて,91年堺で川上書生芝居を旗揚げした。同年上京し,《板垣君遭難実記》や政治,風俗を風刺した専売のオッペケペ節(陣羽織に鉢巻,日の丸の軍扇を用いて,ジェスチュアよろしく博多弁でうたった)により,歌舞伎にない風変りが評判になった。しかし技術の低さを知り,93年フランスへ行く。…

※「オッペケペ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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