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壮士 そうし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

壮士
そうし

明治期の職業的政治活動家。当初は民権運動家として,政府に対する建白や民衆に対する啓蒙などの活動を行なっていたが,1882年の福島事件以後,暴力主義,テロリズムに傾斜し,84年の加波山事件,85年の大阪事件などにも参画した。士族出身者が多く,その状態は政党に属する活動家から浮浪者的な無頼漢までさまざまであった。政府は内務大臣品川弥二郎の要請により,92年壮士取締りのための勅令である予戒令を発布した。 90年の議会制度成立後は自由党,立憲改進党系候補者の選挙運動などに従事し,のちそれらの政党の院外団を形成し,院外での政治活動を続けた者が多い。

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デジタル大辞泉の解説

そう‐し〔サウ‐〕【壮士】

壮年の男性。意気盛んな男性。
明治中期、自由民権運動の活動家。また、政党に雇われた用心棒運動員についてもいった。

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百科事典マイペディアの解説

壮士【そうし】

自由民権運動から生まれた職業的政治活動家。士族の没落分子や自作農の子弟が多く,政党に所属,街頭や演説会や組織活動に働いた。白シャツ,(かすり)の上着,縦縞(たてじま)の袴(はかま),素足の高下駄が独特の服装であった。
→関連項目三田村鳶魚

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世界大百科事典 第2版の解説

そうし【壮士】

広くは血気盛んな男子。歴史上の概念としては1884,85年ごろから,民権運動の周辺に登場する青年活動家。決死の覚悟で敵地に赴く刺客をうたった〈風粛々として易水寒し,壮士一たび去りて復た還らず〉(《戦国策》)に由来する,熱気殺気を併せもった存在である。明治維新による国民的エネルギーの解放はこの時期に主としてほかに職業をもたない青年層の動きとして現れ,維新前後に誕生し,明治初年に成長した新しい世代のうちから,自由民権と国民的独立の意識に目覚めた青年の自発的運動が発生してくる。

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大辞林 第三版の解説

そうし【壮士】

勇ましくて元気のいい男。壮年の男。
明治時代、自由民権思想の普及のために活動した闘士。
ことさら社会正義などをふりかざして談判におしかけ、強要・脅迫などをする無頼漢。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

壮士
そうし

明治期の一種の職業的政治活動家。自由民権時代に自由党の行動隊として活躍した。群馬事件、加波山(かばさん)事件、名古屋事件、飯田事件、大阪事件などに参加した「自由党の少」で、おもに士族や自作農の子弟からなる自由党内の急進派である。壮士の1人である井上敬次郎によれば、「志士」とか「実行者」の呼び名を「壮士」と呼称するようになったのは、1883、84年(明治16、17)ごろからであるという。尾崎行雄は、大同団結運動の参加者をそれまで「有志家」といっていたのを改めて「壮士」とよんだともいっている。88年12月角藤定憲(すどうさだのり)が壮士芝居を始め、演劇界でも流行した。議会開設後は院外団となる。[松尾章一]
『佐藤孝太郎著『三多摩の壮士』(1973・武蔵書房)』

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世界大百科事典内の壮士の言及

【壮士芝居】より

…明治20年代(1887‐96)に自由民権運動の壮士が思想宣伝を目的として行った演劇の称。のちに一般には〈書生芝居〉とも称され,新派の一起点となった。…

※「壮士」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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