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オルジョニキーゼ Ordzhonikidze

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

オルジョニキーゼ
Ordzhonikidze

ウクライナ中東部,ドネプロペトロフスク州の都市。州都ドネプロペトロフスクの南西約 110kmにある。ニーコポリ・マンガン鉱山の採掘地。クリボイログとニーコポリを結ぶ鉄道のチェルトムルイク駅の北西約 5kmにある。人口約4万。

オルジョニキーゼ

ウラジカフカス」のページをご覧ください。

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百科事典マイペディアの解説

オルジョニキーゼ

ロシア,ソ連邦の政治家。ジョージア生れ。1903年ロシア社会民主党に入党。多くの革命運動に参加。二月革命後流刑地からペトログラード(現,サンクト・ペテルブルク)に戻る。内戦期は赤軍の指導者。スターリン派幹部として1930年最高国民経済会議議長,1932年重工業人民委員。しかし大粛清に抗議してスターリンと衝突,自殺。

オルジョニキーゼ

ウラディカフカス

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世界大百科事典 第2版の解説

オルジョニキーゼ【Grigorii Konstantinovich (Sergo) Ordzhonikidze】

1886‐1937
ロシア,ソ連邦の党活動家。グルジア出身。1903年ティフリス(現,トビリシ)でロシア社会民主党に入党。ザカフカスの1905年革命に参加,逮捕され,以後流刑,脱走,亡命を繰り返す。11年レーニンのロンジュモ党学校(パリ)で学び,ロシアに派遣されてプラハ協議会の開催工作を担当,12年同協議会で中央委員となる。レーニンの依拠したボリシェビキの典型的実務家。二月革命後流刑地よりペトログラード(現,サンクト・ペテルブルグ)に戻る。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オルジョニキーゼ
おるじょにきーぜ
Орджоникидзе Ordzhonikidze

ロシア連邦南西部にある北オセチア共和国の首都ウラジカフカスのソ連時代の名称。1931年~1944年、1954~1991年に用いられた。[編集部]

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367日誕生日大事典の解説

オルジョニキーゼ

生年月日:1886年10月28日
ソ連邦の政治家
1937年没

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