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カウラ カウラCowra

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カウラ
Cowra

オーストラリア,ニューサウスウェールズ州東部,シドニーの西 318km,キャンベラの北 184kmにある都市。小麦,ヒツジ灌漑農業と商工業の中心地。農業試験場がある。第2次世界大戦中の日本人捕虜収容所の集団脱走事件で知られ,町の北郊に日本人墓地がある。人口 8207 (1986) 。

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デジタル大辞泉の解説

カウラ(Cowra)

オーストラリア、ニューサウスウェールズ州南東部の都市。シドニーの西約320キロメートルに位置する。豊かな農業地帯の中心地にあり、食品加工業も盛ん。第二次大戦中に日本軍捕虜収容所が置かれ、集団脱走事件が起こったことで知られる。1964年に建設された日本人戦没者墓地がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

カウラ【Cowra】

オーストラリア,ニュー・サウス・ウェールズ州の都市。人口7734(1976)。シドニーの西318km(道路距離),キャンベラの北184km,ラクラン川に沿って位置する。灌漑農業を含む周辺の肥沃な農牧業地帯の中心地。軽工業のうち,とくにアスパラガス缶詰で知られる。1846年開基。市名は岩を意味する原住民語に由来する。第2次大戦中ここに日本兵捕虜収容所があり,集団脱走事件(1944年8月5日)で日本兵247名,オーストラリア兵4名が死亡した。

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大辞林 第三版の解説

カウラ【Cowra】

オーストラリア南東部にある銅山町。太平洋戦争末期の1944年、この地の日本兵捕虜収容所から集団脱走事件が起き、多数の死傷者を出した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

カウラ
かうら
Cowra

オーストラリア、ニュー・サウス・ウェールズ州南東部の都市。シドニーの西、道路で318キロメートルにある。人口1万2462(2001)。肥沃(ひよく)な農牧業地帯の中心地で、アスパラガスの缶詰など、軽工業も発達する。第二次世界大戦中に日本兵捕虜収容所があった所で、集団脱走事件(1944年8月。247人死亡)で知られる。日本政府が1964年(昭和39)に建設した日本人戦没者墓地がある。1846年入植。名称は、岩を意味する先住民語に由来する。[谷内 達]

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