ブリキ,アルミニウムまたはティンフリー鋼板などの薄板で作られた容器(缶)に食品を充てんし,密封して加熱殺菌するか,またはあらかじめ加熱殺菌その他の方法で殺菌した食品を殺菌した缶に無菌的に充てん,密封し貯蔵性をもたせた製品をいう。食用油などのように加熱殺菌をしていない〈缶入り〉とは区別される。なお,食品を瓶に詰めて密封殺菌をした瓶詰も,一般に缶詰に含めて取り扱われている。
缶詰の製造原理は,1804年フランスのアペールによって発見された。1795年フランス革命のさなかに,ナポレオンはヨーロッパ戦線を東奔西走していた。当時のヨーロッパは新鮮な食物が不足し,一般市民に栄養不良による病気が流行していた。その時代の食品の保存法は昔ながらの乾燥,塩蔵および薫製によってなされていたが,長い航海をする船員は塩蔵肉や乾パンでがまんしなければならなかったため,海軍部内には壊血病がまんえんしていた。ナポレオンは軍隊の士気を高め戦闘力を維持するためには,栄養豊富で新鮮美味な食糧を大量に供給する必要性を痛感し,従来の方法によらない食品貯蔵法を懸賞金つきで募集することを政府に命じた。政府は時の最高の科学者を委員とした食糧の長期貯蔵研究委員会を設けた。1810年にこの委員会はアペールの新貯蔵法を認め賞金1万2000フランを与えた。
アペールは最初普通の瓶を使用しコルク栓を用いたが,後に口径4インチ(約10cm)もある広口瓶を作らせた。栓はまだゴムの輪もスクリューキャップもなかったので,上質のコルク栓を使った。この広口瓶に調理した食品を詰め,コルク栓をゆるくはめて湯煎(ゆせん)鍋に30~60分間入れ,沸騰させて瓶内の空気を追い出し,コルク栓で密封した。こうすれば腐敗の原因となる空気は瓶内になく,またコルク栓によって外気がさえぎられるから瓶内の食品はまったく腐敗することはないというのがアペールの理論であった。この時代はまだ自然発生説の盛んな時代で,この方法が成功したのは高熱を加えることによって瓶中の空気が除かれたためであると考えられていたのである。それから約60年後フランスのパスツールによって細菌学的に加熱殺菌の理論が証明されるまでは,このような誤りが正しいものと信じられていた。1810年イギリスのデュランドPeter Durandは食品の貯蔵法およびガラス製容器,つぼ,ブリキ缶など,ふたをする容器に対して政府の特許を得た。方法はアペールと同様であるが,目的は容器として缶を使用することにあったので,デュランドをブリキ缶使用の開祖としている。しかし最初に缶詰を企業化したのは同じイギリスのドンキンBryan DonkinとホールJohn Hallで,12年にデュランドの特許を使用して史上初の缶詰工場を経営した。この缶詰を24年パリーWilliam Edward Parryが北極探険隊に使用したことは有名である。しかしこの時代の缶は現在の缶と異なり,胴にふたと底をはんだ付けしたもので,底をはんだ付けした缶に内容物を詰めた後ふたをはんだ付けし,その後沸騰水中で加熱しふたに小穴を開けて脱気した後封蠟をするものであった。1896年にニューヨークの缶詰業者アムスCharles Amsが液状ラバーコンパウンドを塗りつけてふたと底を二重巻締めする方法を完成し,サニタリー缶と名付け特許を獲得した。これが今日の缶詰容器の初めであり,缶詰の大量生産の基を築いたといえる。
日本における缶詰製造は,1871年(明治4)長崎の松田雅典(1832-96)がフランス人デュリーLéon Duryからイワシ油漬缶詰の製法を教えられ試作したのが始まりとされている。
缶詰の製法といっても内容物である食品の調理方法は,われわれ一般家庭で料理する場合と大差のあるものではないが,一定の品質のものを大量に製造するための工夫がこらされている。缶詰の製造上内容物の種類によって大きな違いのあるのは殺菌の工程で,内容食品の水素イオン濃度pHによって異なる。すなわちpHの低い(通常pH4.5~5程度以下)酸性の食品とpHの高い中性に近い食品とでは殺菌方法が異なり,酸性の食品の場合は,100℃以下の低温殺菌で保存のきく缶詰ができるが,中性に近い食品の場合は100℃以上の高温殺菌を必要とする。低温殺菌の代表的なものとしては,ミカン,モモ,パイナップル,サクランボなどの果実類のシロップ漬缶詰があり,高温殺菌を必要とするものには,マグロ類の水煮・油漬・味付け,イワシ,サンマ,サバなどの水煮・味付けなど,一般に魚介類缶詰および畜肉類缶詰が入る。
缶詰の製造は,一般に原料集荷,選別,調整(切断,剝皮,不要物除去など),蒸煮(ブランチング),肉詰,注液,脱気,密封,殺菌,冷却,缶の洗浄,乾燥,包装の工程を経て出荷される。原料の集荷・選別は,水産物の場合は鮮度のよいものを使用するのがよい製品を作る第一条件であり,農産物の場合は適熟のものを使用する配慮が必要である。調整は,水産物は魚の頭部,内臓,ひれなどの除去の後蒸煮し,場合によっては骨,皮,血合肉などの除去も行う。農産物の場合は,皮,芯などの不要物の除去,整形,切断などを行う。次いで水産物,農産物とも肉詰,注液,脱気,密封,殺菌となる。ここでたいせつなのは密封の前の脱気で,内容物の品位の保持,栄養価の損失防止,容器からの重金属類(とくにスズ)の溶出抑制,好気性細菌の発育防止などがこの操作によってなされるので必要不可欠の事項である。現在は脱気は密封の工程で真空巻締機を使用することによって行われている。もう一つの重要事項としては,殺菌までの全工程で内容物の細菌数を極力少なくするよう細菌増殖を抑えることがある。缶詰の殺菌は普通条件での貯蔵で変敗を生じなければよいので,完全な無菌ではなく,商業殺菌commercial sterilizationといわれているが,内容物に細菌が多いと同一条件で殺菌した場合変敗を起こすおそれがあるからである。
今日の缶詰容器は,二重巻締缶の出現により,はんだは胴の接合部(サイドシーム)の外面に使用されるのみで,ふたと底は二重巻締めによって取り付けられるスリーピース缶となった。また胴の部分を打抜きによって作り,ふたを二重巻締めによって取り付けるツーピース缶もできた。近年は胴の接合部をはんだ付けせず接着剤で接着したものもできている。そのほかにアルミニウム缶,クロムメッキ鋼板を用いた缶などもある。缶の内面は内容物の種類によってはスズを溶出させたり,食品中の成分,とくに硫化物によって黒変を起こしたりするものがあるため内面塗装をしているものが多い。また缶詰はふたを開けるのに缶切りを必要とする不便があるので,これをなくすためふたに切れめを入れ,指を掛けるリングをつけてこれを引くことにより開缶できるイージーオープン缶ができ,いろいろなものに使用されているが,欠点として衝撃に弱い点がある。
缶詰容器の規格としては,JISに缶の種類,品質,構造,寸法および内容積,材料,検査,製品の呼び方ならびに表示についての規定がある。そのほかにも1977年に食品衛生面から金属缶の規格が定められた。この規格では,内面塗装をした缶と,内面塗装をしていない缶の2種類について基準が定められており,内面無塗装のものについては,ヒ素,鉛およびカドミウムについて溶出するか否かの試験をすることになっており,内面塗装缶については,ヒ素,鉛,カドミウム,フェノール,ホルムアルデヒド,蒸発残留物(内容物の食品の種類によって油性の食品の場合はn-ヘプタン,酒類の場合は20%アルコール,酸性の食品の場合は4%酢酸,そのほかの食品の場合は水を用いて溶出させたときの缶内面よりの溶出物量),エピクロロヒドリンおよび塩化ビニルについて溶出するか否かを試験・分析することになっている。このほかに清涼飲料水に使用する缶については強度試験が規定されている。
現在作られている缶詰は日本で約800種類,世界では約1200種類といわれている。原料の種類別では魚介類,果実類,野菜類,畜肉類,特殊に大別され,加工調理方法の別では魚介類は水煮・塩水漬・油漬・味付け・みそ煮・蒲焼き・薫製油漬・トマト漬・香辛料漬・その他の調味料漬が,果実類はシロップ漬・水煮(固形詰)・ジャム・ゼリーなどがあるが,果実類として大きな地位を占めるのは果汁である。野菜類としては料理の原材料となる水煮が主体であるが,味付け,漬物などもある。畜肉類は水煮,味付け,ハム,ベーコン,ソーセージや各種の調理食品がある。特殊に入るものとしては,各種の調理食品,米飯類,ソース,めん類のかけ汁,しるこ,甘酒などの飲物などがある。食品缶詰の規定には当てはまらないが,コーヒー,紅茶,緑茶の真空パックや不活性ガス(おもに窒素ガス)を充てんし,香りや味を保持させるための缶詰もある。ペット用のペットフード缶詰の生産も多い。そのほか食品ではないが培養土に種子を入れ,開缶後水をやれば花の咲く缶詰,おもちゃの缶詰,下着類の缶詰も作られている。
缶詰はあらかじめ不可食部を除いてあり,生の食品が40~60%の不可食部をもつのと比較して,内容物全部を利用できる利点がある。また,真空巻締めにより缶内の空気を除いて封密し加熱を行っているので,ビタミンなどの各種栄養素が一般の調理食品よりよく保持され,消化吸収もよいことは各種研究の結果明らかにされている。さらに殺菌の工程を経ているので中毒を起こす細菌もなく衛生的な食品ということができる。内面塗装をしていない缶はブリキのメッキのスズがわずかに溶出するが,これによって品質の保持が図られている果実・果汁などの缶詰も,近年は内面塗装の研究が進み,一定量のスズしか溶出しないようにした塗料が開発されている。一般に内面塗装をしていない缶を使用した果実,果汁缶詰などは製造後2~3年がスズの溶出による缶臭が少なく食味良好である。そのほかの内面塗装をした缶を使用したもの,とくに油漬缶詰などは,正常な保管をしたものであれば5~6年を経たものでも食味にほとんど変化はない。
缶詰は前述のように栄養価も高く,中毒を起こす細菌もなく良好な食品であるが,開缶後は缶より取り出し,ガラス・陶器などの容器に移し,缶が酸化されることによりスズ・鉛などの溶出するのを防ぎ,なるべく早く使用する。もし保存の必要のあるときは密封し,冷蔵庫に5℃以下に保存するなどの配慮が必要である。
缶詰には農林物資規格法により食料缶詰および食料瓶詰の日本農林規格(JAS)が定められているが,果実飲料,ジャム類,トマト加工品などの日本農林規格も缶詰に関係するJAS規格である。そのほかに輸出検査法によって食料缶詰および食料瓶詰の輸出規格が定められている。食料缶・瓶詰のJAS規格には,現在製造されている缶・瓶詰のほとんどが含まれており,品質,内容量および表示について定められている。以前の缶詰は,缶の外面はブリキそのままのもので内容物の区別がつけられなかったため,缶ぶたに品名,製造工場名,製造年月日を缶マークとして刻印することになっていたが,現在の缶詰は大部分が外面に印刷をした印刷缶であるので,品名マークをつける必要がなく製造工場マークと製造年月日をマークすることに改められた。表示の基準はJAS規格に詳細に定められているが,果実缶詰を例にとると,次のとおりである。(1)品名,(2)形状,(3)原材料名,(4)固形量,(5)内容総量,(6)製造年月日,(7)使用上の注意,(8)製造業者の氏名または名称および住所,を枠で囲んで一括表示するように規定している。これはJAS検査を受ける受けないに関係なく,輸入品についても表示をする義務があることとなっている。この一括表示の表示方法については活字の大きさまでを規定し,そのほか一般的な表示については表示禁止事項などまで詳細に規定している。
1812年にイギリスのドンキンにより缶詰製造は企業化されたが,その後イギリス,アメリカなどで企業化が進んだ。90年には自動製缶機械に一大進歩をみたことにより,1901年に容器のみを作るアメリカン・キャン社が設立され,缶詰製造業界に一紀元を画した。製造量は南北戦争後の1870年で約4000万函といわれているが,第1次・第2次世界大戦の軍用食としての需要の増大により,缶詰産業も各種の技術革新とともに発展をとげた。国別の生産量では,1970年ころまではアメリカが全世界の70~75%を占めていたが,80年には世界の総生産量(約20億函)の40%を占めるのみとなった。またイギリスが主要生産国より脱落し,発展途上国の進出が目だってきている。この主な理由としては,作業員の人件費の高騰,原料確保の困難(漁業の200カイリ問題など)などがあげられる。なお,アメリカに次ぐ生産国はドイツ,フランス,イタリア,日本などの先進諸国である。
1875年にアメリカで開かれた万国博覧会に政府の命で派遣された関沢明清と池田謙蔵がアメリカの缶詰工場を視察し,製法を修得して帰朝し,その有望性を報告した。政府はそれにもとづき内務省勧農局勧業寮新宿出張所で缶詰試験製造を始め,また77年北海道開拓使は石狩に官営缶詰工場を設立し,アメリカ人教師の指導の下に多くの伝習生を募集してサケ,マス缶詰の製造を行った。一方松田雅典も77年長崎県庁在職中に時の県令に缶詰事業の必要性を進言し,缶詰試験場の設立を提唱した。これにより79年県立缶詰試験所が設置され,松田が主任に任命された。82年に試験所が廃止されると彼は建物の払下げを受け松田缶詰工場を経営した。
その後明治政府の富国強兵と産業振興策を背景として缶詰製造技術は進歩し,缶詰産業も日清・日露の両戦争で缶詰が軍用食として大いに利用されたことを契機として急速に発展した。日露戦争の結果ロシア領内での漁業権を得,北洋漁業の発展とともにサケ・マスおよびカニ缶詰を中心に企業化が行われた。一方マグロ油漬が静岡県で,イワシトマト漬が長崎県で,ミカンシロップ漬が静岡県でそれぞれ企業化され,台湾においてはパイナップル缶詰が製造の軌道に乗り,これらの缶詰が国内消費のみでなく輸出産業としても大きく伸展した。
第2次大戦前は1939年に生産量1700万函,輸出850万函を記録したが,戦争により生産は減少し大部分は軍需に切り換えられ,統制会社の設立によって集荷販売の一元化が実施された。戦争の終結とともに,生産・輸出ともに再開され急激に発展した。94年の生産量は約7億2700万函となっている。
執筆者:大橋 昭範
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ブリキまたはアルミなど金属性の容器に食品あるいは料理を詰めて密封し、加熱殺菌することで、長期間の保存を可能にした食品をいう。広義には瓶詰やレトルト食品も缶詰の仲間である。粉乳、菓子類、食用油などのように、缶に詰めて密封してあっても、加熱殺菌をしていないものは缶入りとして区別し、缶詰に含まない。
[河野友美・山口米子]
缶詰の製造原理は、1804年フランスのニコラ・アペールによって初めて考案された。ナポレオンが長期保存のできる軍用食糧の発明を公募し、これに応募したパリの製菓業者アペールの密封容器と加熱殺菌を併用させた食品保存法が入賞、1万2000フランの賞金が与えられた。アペールの研究は缶ではなく瓶を用いたものであったが、その後、1810年にイギリスのピーター・デュランドPeter Durandがブリキ缶を用いた密封容器を開発し特許を得た。いわゆる缶詰canned foodsの始まりである。大規模な缶詰製造は、1821年アメリカのボストンに缶詰工場が建設されてからである。その後ブリキ缶製造の機械化、密封法の改良(ろう付け法→巻締め法)もあって、アメリカ各地で企業化が進み、アメリカを中心に大きく発展した。今日でも、アメリカは、缶詰工業の主要な国の一つである。なお、フランスの化学者パスツールが加熱殺菌と腐敗防止の関係を明らかにしたのは1873年のことであり、これによって缶詰の原理が科学的に裏づけされた。
日本の缶詰は1871年(明治4)に長崎の松田雅典(まさのり)(1832―95)がフランス人教師レオン・ジュリーの指導を受け、イワシの油漬け缶詰をつくったのが始りとされる。74年にはアメリカ人教師ライマンから製法を習った山田箕之助(みのすけ)が野菜缶詰をつくっている。75年には勧農局の内藤新宿出張所(東京)で果実缶詰の製造が試みられたが、本格的な製造開始は、77年ごろ開拓使が北海道に缶詰工場を開設して、サケ・マスの缶詰製造を伝習させて以来のことである。日清(にっしん)(1894~95)、日露戦争(1904~05)から、軍用食糧としての需要が大きく伸び、軍需品として重要な位置を占めた。そのため、そのまますぐに食べられる味つけ缶詰が発展した。魚貝類のほか、牛肉、昆布や大和煮(やまとに)などの缶詰がつくられている。97年北千島漁業の開始に伴って、カニやサケ・マスの缶詰製造が始められ、日露漁業協約締結(1907)でカムチャツカ沿岸の漁獲が可能となってからはさらに拡大された。また、ミカン、マグロ、イワシなどの缶詰製造も活発となり、国内消費とともに、重要な輸出産業となった。第二次世界大戦を経て、1955年(昭和30)に早くも戦前の最高生産量を上回る水準に達した。
[河野友美・山口米子]
缶詰の製造は、原料の種類によっていくらか工程が異なるが、主要な点はほとんど同じである。製造方法は、原料→洗浄・調理→秤量(ひょうりょう)肉詰め・注液→脱気・密封→殺菌・冷却・検査→製品の順で行われる。
[河野友美・山口米子]
原料は、魚貝類は鮮度のよいもの、肉類は味よく熟成されたもの、果実は加工に適した熟度のもの、野菜は缶詰の目的にあった大きさのものを使う。モモ、洋ナシ、アンズ、アスパラガス、マッシュルーム、トマト、グリーンピース、スイートコーンなどは、果実では熟度、野菜では鮮度が缶詰の品質に大きく影響する。とくに野菜では、鮮度のよくないものを使用すると不快なにおいが出やすい。原料は洗浄を行ったのち、魚類では頭部・尾部・皮・骨・内臓・血液などを、貝類では殻を、果実・野菜では果皮・莢(さや)・種子・芯(しん)部などを除き、缶に詰めやすい大きさに切断する。次に湯煮(ゆに)または蒸し煮を行う。その目的は、魚類・肉類では、タンパク質を凝固させて缶詰時の身くずれを防止するとともに、種類によっては不快なにおいや、余分な脂肪分を溶解除去することである。果実・野菜では、各種の酸化酵素を不活性化するとともに、色、香味、栄養成分などの変化を防ぐ。
[河野友美・山口米子]
前処理を終わった原料は、規格で定められた内容量(固形量および内容総量)およびサイズなどの基準に従って缶に詰める。水産缶詰の多くは固形物であるので手で詰めていたが、最近では自動肉詰め機も用いられるようになった。流動物は自動充填(じゅうてん)による。次に計量が行われるが、規格の1割ほど多めに肉詰めするのが普通である。その後、食塩水あるいは調味液(砂糖シロップ、しょうゆ、サラダ油、トマトピューレなど)を加える。
[河野友美・山口米子]
内容物を充填した缶は、缶内の空気を除くために、真空巻締め機で脱気と密封を行う。これは、殺菌とともに、缶詰の製造上もっとも重要な工程である。酸素などが缶内に残っていると製品の変質や変敗がおこるので、これを防ぎ、ふたたび外部から空気や細菌が侵入することのないようにすることが目的で、その結果、食品の風味・光沢などが保たれ長期間の貯蔵に耐えるようになる。また酸素の除去によって缶の内面腐食を防ぐこともできる。
缶詰の密封には二重巻締めを行う。缶は筒形の胴部分と缶蓋(かんぶた)をかみ合わせて巻き締めるが、蓋には、周縁の裏にシーリング・コンパウンド(天然ゴム製のパッキング)を塗布してある。第1巻締めはロールによって、缶の胴の上端部分と缶の蓋の縁を重ねて折り曲げ、ついで第2巻締めロールによって圧着する。二重巻締め機にはいろいろの形式があるが、一般には真空巻締め機が多く使われる。二重巻締めの缶のことを衛生缶sanitary canともいうが、これは、古い製缶法である、はんだ付け缶の鉛害を除去したために名づけられた名称である。
[河野友美・山口米子]
密封後は加熱殺菌を行う。これは、細菌、カビおよび酵母などの微生物を加熱で殺し、長期間保存を可能にするためである。殺菌は温湯または圧力釜(がま)で行う。加熱殺菌の温度、時間は内容物の種類、缶の大きさで異なる。果実やトマト、その他酸性食品の場合は、100℃以下の温度で死滅させることができるので、比較的低温で殺菌する。果汁、トマトジュースのような酸性の強い液汁の場合は、あらかじめジュースを80℃ほどで殺菌したのち、高温のまま熱充填を行う。この場合は、充填、真空巻締め後、ただちに冷却を行う。酸味のない野菜類、魚貝類、肉類などの非酸性食品の場合には、耐熱性の細菌の胞子が残りやすく、缶詰の腐敗の原因となる。そこで、これらの胞子を死滅させるため、105~115℃の高温で30分以上の加熱殺菌を必要とする。殺菌が終わると、ただちに冷却を行う。高温のまま放置すると品質の変化や缶内面の腐食がおこるからである。一般に水冷が行われるが、その後さびを生じさせないため十分に缶を乾燥させる。殺菌・冷却後、金属の棒で缶をたたき、その音や振動によって良否を確かめる打検を行い、箱詰めによって製造は終了する。
[河野友美・山口米子]
缶詰の容器としてはブリキ缶やアルミ缶が主として使われている。ブリキは鉄鋼の原板に錫(すず)をめっきしたものである。缶詰用のブリキ板の厚みは0.214~0.320ミリメートルのものが広く使われているが、製鋼技術の進歩に伴い、しだいに薄い板がつくられるようになった。また、缶の内面の腐食や内容物の変色を防ぐために、果実缶詰や果汁缶詰を除き、一般に塗装された缶が使われている。塗料は内容物の種類に応じて異なり、近ごろは合成樹脂性のものが多くなっている。とくに、カニなどを缶詰に加工するとタンパク質中の硫黄(いおう)化合物から硫化水素を発生し、錫、鉄と反応して内容物が黒変するので、これを防ぐためCエナメル(缶詰用特殊エナメル)が使われ、また魚類や肉類で脂を多く含むものにはフェノール系塗料、ビールや炭酸飲料にはビニル系塗料などが使われる。最近ではこれらの塗料に、エポキシ系塗料を混合した複合型塗料も利用されている。またアルミニウム製の缶も多くなった。この場合は、アルミの純度が非常に高いことが要求される。純度が低いと電解的作用により腐食され、穴があくからである。開缶しやすいように切り込みを入れて、取っ手を引けば缶があくようになったプルトップタイプも多い。またクロムめっきやクロム酸処理による鋼板を使った缶が一部の食品に使われている。なお、瓶に食品を詰めて密封、殺菌した瓶詰も、一般に缶詰に含めて取り扱われている。また、プラスチックフィルムにアルミ箔(はく)を貼(は)り合わせた、高温の加熱殺菌ができる袋詰め容器のレトルト食品が開発され、急速に生産、消費が増えている。外国ではこれをフレキシブル・キャン(柔軟な缶)と称し、広義の缶詰に含めることもある。
[河野友美・山口米子]
原料の種類や加工方法により、非常に多種の缶詰がつくられているが、大別すると次のとおりである。
原料別では、魚貝類、食肉類、果実類、野菜類があり、加工方法別では、魚貝類には水煮、塩水漬け、味つけ、みそ漬け、蒲(かば)焼き、照焼き、油漬け、薫製油漬け、トマト漬け、香辛料漬けなど、果実類にはシロップ漬け、野菜類には水煮、味つけ、食肉類には水煮、味つけ、コンビーフなどがあげられる。これらのほかに各種材料を組み合わせた料理缶詰、スープ、米飯、ビール、清酒、各種飲料、乳製品などや、特殊用途品ではベビーフード、病人食、ペットフード(イヌ・ネコ飼料)などがある。
[河野友美・山口米子]
缶の蓋には、缶マークが刻印あるいはプリントされている。日本の缶詰の表示は日本独特のもので、各国により表示が異なる。賞味期限年月日は、以前は4桁(けた)表示であったが、近年、わかりやすい6桁表示も取り入れられ、この表示に従っているものが多い。輸入缶詰については、輸入年月日を表示すればよいことになっている。日本の缶詰の場合、従来は3段に記号を組み合わせて表示されていた。賞味期限年月日が4桁表示の場合、上段は品名、中段は工場名、下段は賞味期限年月日を、6桁表示の場合は、上段は品名、中段は賞味期限年月日、下段は工場名を表している。品名のところには、サイズのあるものでは、L(大)、M(中)、S(小)、●(ブロークン)の記号が、調理方法としてはN(水煮)、O(オリーブ油漬け)といった記号が付されている。品質表示基準などの表示制度により缶の胴の部分に詳しい内容表示がされるようになったので、最近は賞味期限表示のみのものが多い。
[河野友美・山口米子]
缶詰は空気を除いて密封し、高い真空度が保たれた状態で加熱殺菌を行うので、果実、野菜などではビタミンその他の栄養成分が、家庭で調理したものより多いものがある。魚などでは、高圧殺菌であるため、栄養成分が吸収されやすい形で含まれていることも多い。また、食中毒や伝染病のおそれもないので衛生的な食品である。缶詰は生鮮食品に比べて、中間経費が少ないうえ、可食部分のみであるため、中身が全部食べられるので経済的である。缶詰の保存性については、半永久的であるが、味の点からは、酸味のあるもので3~4年、その他のもので4~5年くらいの間が賞味期間と考えてよい。なお、果実や果汁の缶詰を除いて広く塗装缶が使われているので、長期間にわたって商品価値を保つことができる。果実や果汁の缶詰は色や香味の変化を防ぐために、とくに塗装しない缶を使用する。これは、わずかに溶ける錫の作用で、缶の鉄が溶けることによる品質の変化や、缶にピンホール(小穴)のあくのを防ぐためである。
[河野友美・山口米子]
正常な缶詰は真空であるため、缶の蓋が軽くへこんでいる。一方、内容が腐敗しているものは、ガスがたまって蓋が膨れてくる。これを膨張缶という。また、へこんだ缶のうち継ぎ目が傷んでいるものは、小穴があいていることも考えられるので避けたほうがよい。また缶の継ぎ目のさびているものも同様である。
缶には、品名、材料名や添加物、量目、製造業者や販売業者の所在地と名称などが表示されている。混合した材料が使用されているものでは原材料の多い順に、パイナップルのリング状のものでは枚数などが表示される。また名称も、コンビーフは牛肉のみ使用のもの、馬肉混入のものはニューコンミートまたはニューコーンドミートといった規制がある。
缶詰は、缶をあけたらすぐに使いきるのが望ましいが、使い残した場合は、ガラス器など缶以外の別の容器に移し、蓋をして冷蔵庫に保存する。とくに果実など酸を含むものでは、開缶後放置すると急速に多量の錫が溶け、場合によっては中毒のおこることがある。
[河野友美・山口米子]
『日本缶詰協会編・刊『目で見る日本缶詰史』(1987)』▽『平野孝三郎・三浦利昭著『缶詰入門 缶びん詰・レトルト食品』増補改訂版(1992・日本食糧新聞社)』
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…獲得した賞金1万2000フランで工場を建設し,終生事業の改良にとり組んだ。彼の方法は,のちに瓶に替えて缶の使用(1810,デュランドPeter Durand),高温加熱等の改良が加えられ,缶詰工業の隆盛をみた。缶詰【肱岡 義人】。…
…明治維新後は在来技術の改良と外国技術の導入が積極的に行われ今日に至っている。 明治以降の特色は機械化が急速に進み多くの製品で大量生産が可能になったことで,そのおもなものは缶詰加工,練製品および冷凍すり身製造,調味加工品製造などの各技術で,関連するものとして製氷・冷凍技術がある。
[缶詰]
日本における缶詰製造は,1871年(明治4)長崎の松田雅典がフランス人の指導をうけて試作したのが初めといわれる。…
…魚介類缶詰に生成するガラス状の結晶。カニ,イカ,マグロなどを原料とする缶詰肉の表面などに,無色またはわずかに着色したガラス状の析出物が見られることがある。…
※「缶詰」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
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