ラテン語の原義では広場,原を指すが,歴史的な変遷を経て今日では,敷地と諸施設とを合わせた大学を意味する言葉。『オックスフォード英語辞典(OED)』によれば,「キャンパス」を初めて用いたのは1774年,アメリカ独立宣言直前のプリンストン大学(アメリカ)(当時はニュージャージー大学(アメリカ))であった。イギリス本国への抵抗の一環であろう,「キャンパスで茶を燃やした」という。それから2世紀半を経て,キャンパスは大学の土地建物のみか,そこでの生活全般も含意する表現として定着した。15世紀以降,ヨーロッパ各地の大学が荘厳な建物を競ったにもかかわらず,キャンパス(広場,原)が大学の代名詞化したのはなぜか。そうした転換が北米植民地で発生したのはなぜか。
アリストテレス哲学(論理学)を一大動因として発生した中世大学は,一面では教会が危惧するほど世俗的で,宗教本位の修道院を回避し,都市に定着した。しかし宗教改革を経たプロテスタントは,俗人個々の信仰の意義を強調し,市民生活を修道院に近づける結果となった。北米に移住したピューリタンの一派は,18世紀の大覚醒(アメリカ)(the Great Awakening)を通してキリスト教のアメリカ化を実感し,その指導者ジョナサン・エドワーズ,J.は,新天地に「地上の天国が実現する」と確信した。エドワーズは,都市ボストンやニューヘヴンを拠点に学識を偏重するハーヴァードやイェールの旧派に対抗し,個々人の敬虔と宗教体験とを重視したカレッジの創設を,都会から隔絶したプリンストンで試みた。シトー会が代表する中世の修道院は,大学とは対照的に,騒擾をきわめた都会を離れ,書物よりは森に信仰の拠り所を求めた。キャンパスを自覚したプリンストンは,植民地期カレッジの古の修道院への立戻りを象徴している。
しかし,北米の大学は修道院の閉鎖的な土地建物の配置に盲従しなかった。図1が示すように,オックスブリッジ(イギリス)を構成するカレッジの多くは,中庭を囲む修道院と同じく閉鎖的な空間を採用していた。これに対し,図2のプリンストンでは,キャンパス(広場,原)を囲む建物群が相互に間隔を保ち,カレッジを外の世界に開いている。図3の20世紀のハーヴァード大学(アメリカ)では,互いに間隔をあけた古いキャンパス(ヤード)の建物群と,1920年代に建設したオックスブリッジ流の学寮(ハウス)群とが併存する。全体的にはキャンパス周辺に建物を開放的に増設し,研究大学化に伴う拡張に対応している。州立を含めた歴史の長い大学の多くも,建物を開放的に配置して発展してきたのである。
リベラルアーツ・カレッジのキャンパス形成には,研究大学化以前のプリンストンの例がほぼ該当する。州立大学の地方立地には,1862年のモリル法が一大原動力となった。初期のランドグラント・カレッジ(国有地付与大学)は,田園地帯のただ中で農業研究を実施するとともに,教会や神学部を持たなかったにもかかわらず,学生を都会文化に染まらない敬虔なキリスト教徒に育てることに余念がなかった。
大学のキャンパス化には,近代大学に普遍的な事情も働いている。近代大学では,哲学部・文理学部が応用・専門職分野に高度な基礎学術を提供し,かつその水準を保証することが不可欠で,教育研究施設の一元的な配置が利点を持つ。さらに進学者の増大で,大学の大規模かつ計画的な設置が必要となった20世紀後半以降は,全施設を集中し合理的な管理を徹底する効用も無視できない。かつてアメリカ合衆国に大学モデルを提供したイギリスが,1960年代には十校余りの「キャンパス大学(イギリス)」を設立したが,これらは全教育研究施設を1ヵ所に集中する点で,町中に分散したエディンバラ等の伝統的な大学から区別され,また学生を寮に収容するが,独立の学寮の集合体としてのオックスブリッジとは画然と異なる,アメリカ発の典型的な大学パターンであった。
今日,キャンパスという表現は,田園指向や都市への対抗という意味合いを失い,都会あるいは地方の別を問わず用いられる。原義からは想像しにくい,上智大学や明治大学駿河台の「キャンパス」に誰も違和感を抱かない。しかし,本来は広場,原を意味するキャンパスが,大学の土地建物全体の呼称として選択され続けてきたことは意味深長である。宗教的な意味合いは完全消滅したとしても,現代大学の理想は,広い緑の庭をさまざまな建物が囲み,教育と研究とを静謐に繰り広げる自然な環境としての「キャンパス」になお仮託されているのかも知れない。
著者: 立川明
参考文献: Paul V. Turner, Campus: An American Planning Tradition, The MIT Press, 1984.
参考文献: 朝倉文市『ヨーロッパ成立期の修道院文化の形成』南窓社,2001.
参考文献: 土田旭・若林時郎・土肥博至「都市と大学 その1」 『SD』May,1970.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報
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