日本大百科全書(ニッポニカ) 「クラフトワーク」の意味・わかりやすい解説
クラフトワーク
くらふとわーく
Kraftwerk
実験音楽を出発点とし、電子音楽のポップ化を達成したドイツのグループ。ジャーマン・ロックの一員として、かつてはプログレッシブ・ロックの範疇で語られた時代もあったが、神秘的/瞑想的なツールとしてシンセサイザーを使用していた同時代のミュージシャンと比較しても、クラフトワークのサウンドはドライ、クールで、なおかつユーモア・センスをも感じさせるユニークなものである。後のテクノポップからハウス/テクノ、ヒップ・ホップ等にまで広範な影響を及ぼした点もほかに類を見ない。
主要メンバーはラルフ・ヒュッターRalf Hütter(1946― )とフローリアン・シュナイダーFlorian Schneider(1947―2020)で、1970年にデュッセルドルフで結成。同年発表されたファースト・アルバム『クラフトワーク1』は生演奏による即興、1971年のセカンド・アルバム『クラフトワーク2』でドラム・マシンが初めて導入されるが、このあたりまでの彼らのサウンドは、あくまでも電子楽器による音響実験の域を大きく超え出るものではなかった。そんな彼らの音楽がポップ・ミュージックとしての体裁を見せはじめたのが、『ラルフ&フローリアン』(1973)で、さらにそれを押し進めたのが1974年の大ヒット作『アウトバーン』だった。ドラム・マシンとシーケンサーによる反復リズムを基盤に、22分あまりにわたって延々と展開される表題作は、まさしく高速道路を車でドライブする風景を聴覚的にシミュレートしたもの。超絶技巧による演奏も必要なく、複雑なコードや曲展開に頼ることもない、ひたすらシンプルでフラットな反復と展開。いわば音楽版ポップ・アートともいえる彼らの身振りが、ここに結実したのだ。
以後『放射能』(1976)、『ヨーロッパ特急』(1977)、『人間解体』(1978)と、彼らの黄金時代を代表するアルバムが次々と発表され、前衛的/環境音楽的だったクラフトワークの作風は、一気に「テクノポップ」という新しい音楽スタイルへと展開していく。おりしも1978年は、日本からはイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が、アメリカからはディーボが、それぞれデビューを飾った年でもあり、かくしてクラフトワークはテクノポップという新興ジャンルの始祖として、そのブームの頂点に君臨する。ステージ・セットやライティング、ジャケットから歌詞まで、無機的、匿名的、非人間的なコンセプトやムードが徹底され、情緒や感情が極力排除された、無表情なロボット的動作でのライブ演奏も評判をよんだ。もともとクラフトワークのメンバーには、ヒッピー文化やアングロ・アメリカ的表現といった、当時のロック・カルチャーを支配していた風潮に対する反発があり、母国ドイツの文化やメンタリティを重視した音楽製作をモットーとしていた。初期の彼らのシンボル・マークであるトラフィック・コーンから高速道路、発電所、放射能、特急列車、ロボット、ロシア構成主義など、時代錯誤的なインダストリアル・イメージを徹底して援用した戦略も独特の個性に繋がった。だが皮肉にも、そんな彼らがアメリカで最初に成功したジャーマン・ロック・バンドとなるのだった。
しかし1970年代終盤には徐々に活動がトーンダウンしていく。1981年、3年ぶりに発表された『コンピューター・ワールド』でテーマに据えられたコンピュータも、先端的、近未来的というよりは、ほどなく日常的なツールになってしまう。当時の彼らは電卓を叩いてライブ演奏をしたが、電卓がハイテクだった時代など、ほんの一瞬で通り過ぎてしまった。電子テクノロジーの進化が、彼らの製作ペースを遥かに上回ったがゆえに、そこで提示されるビジョンも、あっという間に時代遅れの陳腐なものになっていくのだった。かくして彼らのスタイルやコンセプトが、現実世界に追いつかれ追い越されていった結果、クラフトワークの黄金時代は急速に終焉へと向かう。しかし、時代の先端から彼らが後退したからといって、彼らの作品群まで古びてしまったわけではない。クラフトワークのサウンドはアメリカの黒人たちに「ファンキー」な音楽として解釈され、ヒップ・ホップやデトロイト・テクノの誕生にまで大きなインスピレーションを与えた。そして自らも長い沈黙の後、1991年に自曲をハウス・ミックスした『ザ・ミックス』をリリース。最新機材によってリメイクされた楽曲は、変わらず無駄のない、シンプルで即物的な聴覚的快楽装置だった。
[木村重樹]
『パスカル・ビュッシー著、明石政紀訳『クラフトワーク――「マン・マシーン」とミュージック』(1994・水声社)』▽『明石政紀著『ドイツのロック音楽――またはカン、ファウスト、クラフトワーク』(1997・水声社)』▽『ヴォルフガング・フリューア著、明石政紀訳『クラフトワーク/ロボット時代』(2001・シンコー・ミュージック)』