あらかじめ準備することなく、その場で思いのままにつくりだすこと。音楽、詩、演説のような、いわゆるミューズ的芸術についていわれるのが普通である。すなわち、日本語で「興に即する」というのと同じく、西洋の伝統においてもミューズの女神たちの霊感の流露を重んじ、計画され推敲(すいこう)された作品にはない輝きを尊ぶ考えにたつ創造的活動である。フランスの哲学者ジャンケレビチによれば、即興に規則はなく、教えることができない。それは端的に「始める」ことであり、始まりは啓示されるほかはない。つまり想を生み出すというよりも、「生まれてくる」想を、強い緊張をはらんだ精神の注意力でとらえ、受容するのが即興の実態である。したがって、その創造性は意図の制御の埒外(らちがい)にあり、即興は無意識に深く根ざしている。
[佐々木健一]
即興を旨としてつくりだされた作品のジャンルには、即興詩、即興曲、即興劇などがあり、いずれもインプロンプチュimpromptuとよばれる(improvisationが「予測抜きの活動」を意味するのに対して、この単語の語義は「準備されている」とか「目の前で」である)。このうちで即興劇とは、現実の俳優や演出家が登場人物となって自らの演劇論を展開するもので、モリエールの『ベルサイユ即興劇』L'Impromptu de Versailles(1663)が始まりと思われる。この即興劇の場合に典型的にみられるとおり、impromptuとは総じて即興的な味わいを盛り込んであらかじめ形成された作品であって、それ自体が即興であるわけではない。そして純粋な即興で作品をつくりあげることはほとんど不可能であり、即興詩を考えてみれば、与えられた主題を定型詩の枠にのっとって展開したのがその作品である。個人の創作においてそうであるならば、ジャズの即興演奏のように集団で行う即興の場合にはなおのこと、演奏者たちが共有する一連の約束事が不可欠である。
[佐々木健一]
だが他方において、あらゆる再生芸術の実演に際して、たとえそれが既成の作品の実演であるとしても、そこに即興性を認めることができる。フランスの音楽美学者ブルレのいう即興的演奏がそれであり、楽譜を演奏するうえで、その曲をあたかも当の演奏者がそこでいま創造しているかのように、内発的に音化していくことを求めたものである。即興性とは現に進行している創造性にほかならない。そこで、創造性についての反省に立脚する現代芸術のなかには、計画的構成を重んずる立場と対立して、即興性を追求する有力な潮流があるわけである。
[佐々木健一]
遊戯本能を備えた人間は,だれもが〈即興〉の才能を持つといわれる。一般に,ある種の枠や前提がある中で,その場の興味にしたがって即座にかたちのあることを行う行為をさして〈即興〉という。それはゲームや座興などの日常行為から,音楽,演劇,文学などにおける芸術の創造形式の一つと考えられるものまでも含むが,音楽に関しては〈即興演奏〉の項にゆずることとして,ここでは以下,演劇における〈即興〉について述べる。
演劇では古くから方法として〈即興〉を意図的に使ったり,また〈即興〉の才能そのものを引き出したり涵養したりすることが,広く行われていた。それは,演劇の〈始原〉を考えるうえでも,ある一定の意味をもつと思われるが,訓練された俳優が,役のタイプや大まかな筋書きを与えられ,その場に応じて演じる即興劇のようなものとしては,17世紀に隆盛をみるイタリアのコメディア・デラルテが,とくに有名である。また,近代的な俳優訓練のために,組織的に〈即興〉という手段を利用した最初の偉大な演劇人は,K.S.スタニスラフスキーであろう。彼は,俳優の想像力を刺激し,登場人物の内面的行動や劇の構造・リズムなどをより深く把握させるために,その修業の重要な手段として〈即興〉をとらえた。のちに一般にも,想像力の涵養,集中力と自発性の伸長,形成力や対応性の強化,集団感覚や意識の鋭利化など,演劇的な〈即興〉のもたらす効用が注目されるようになり,学校教育,社会における人間教育,とりわけ精神病の治療等々のために,〈即興〉の方法が用いられるようになってきている。
また,演劇そのものの分野でも,1960年代ごろから舞台と観客の直接の交流を高めるための〈即興〉がみられるようになり,即興場面を挿入した舞台や,即興から成り立ついわゆる〈ハプニング〉などの出現があった。さらにワークショップなどで,さまざまのかたちの〈即興〉を積み重ねながら作品や舞台を共同で作り上げていく,いわゆる集団創作というものもなされるようになった。このような演劇のための〈即興〉は,場当り的なアドリブとは異なり,あくまでも意図や理念があって,それをより深めたり有効にしたりする方向で行われるのである。
執筆者:斎藤 偕子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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[モダン・ジャズの成熟]
1950年代後半にいたり,それまで鳴りをひそめていたニューヨークの黒人ジャズが人気を盛り返した。グループ表現という点ではやや無秩序だったバップ・イディオムを,コンボ形式の中で修正し,しかもインプロビゼーションimprovisation(即興演奏,アドリブと同意)を主体としたマイルス・デービス,ソニー・ロリンズ(T.ロリンズ),アート・ブレーキーArt Blakey(1919‐90,本名Abdullah Ibn Buhaina),マックス・ローチら黒人によるモダン・ジャズは,〈ハード・バップhard bop〉と呼ばれ,その力強く直截な表現は,ウェスト・コーストの白人プレーヤーによる,近代音楽との融合に傾いた実験的なジャズを圧倒する勢いをみせた。このころからアフリカでは黒人指導者たちによる独立が相次ぎ,アメリカ国内にあっては白人・黒人の共学問題,バス・ボイコット運動,公民権獲得運動など黒人差別撤廃の動きが大きくなった。…
…楽譜やメモによらずに即座に演奏し,生きた音楽を創造する行為をさす。インプロビゼーションimprovisationともいう。既存の音楽作品や既存のパターンに基づいて装飾を加える部分的な即興,与えられた主題に基づいて自由に装飾を加える発展的な即興,いかなる既存の楽曲や主題も用いないで新しい音楽を作りだす全体的な即興などに区分される。…
※「即興」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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