翻訳|croquet
フランスに始まってイギリスに伝えられた打球戯の一つ。語源は北フランスの方言で鉤(かぎ)(現代フランス語ではcrochet)を意味する語からきている。打球に用いる木づちを鉤の形に見立てたものであろう。文献によれば,競技としては,19世紀中葉にアイルランドで行われていた。1852年イングランドに紹介されて人気を博した。70年には全英クロッケー・クラブが設立された。このころアメリカに紹介され,82年には,全米クロッケー協会が作られている。日本への紹介はテニスと同様に横浜の居留地に住んだイギリス人によって行われた。芝生の上の軽スポーツとして婦人に親しまれ,1878年には横浜に〈レディーズ・ローンテニス・アンド・クロッケー・クラブ〉が作られている。一般への普及は第2次世界大戦後のことで,だれにでもできる軽スポーツとして知られるようになった。クロッケーの簡略形であるゲートボールも近年普及している。
ゲームの概要は,木づち(マレー)で木のボールを打ち,地面に置かれた鉄門(フープ)を幾つかくぐらせ,最後にコートの中央にある標柱(ペグ)にボールを打ち当てればあがりとなる。幾つか異なるルールがあるが,現在よく行われているのは,六つのフープを配したコートを用い,それぞれ2回ずつボールを通過させた後,ゴールペグに当てるという方式である。1対1でもできるが,普通2~3人のチーム対抗で,チーム全員が先にあがることを競いあう。ゲームを複雑に,おもしろくするルールとしてはロッケーがある。これは自分のボールを他のボール(敵でも味方でもよい)に当てることができた場合,自分のボールを当てたボールの横に密着させて置き,足で自分のボールをしっかりと踏み押さえたうえで,ボールの側面をマレーで打ち,その衝撃で相手のボールを転がすことができるというもの。相手チームを妨害したり,味方チームを有利に進めたりすることができる。
執筆者:薗田 碩哉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
球技の一種。クロケ、クローケーとも発音される。15世紀ころフランスで始まり、17世紀にイギリスに伝わった。当初イギリスではペルメルpall-mallとよばれていたが、1861年にフランス人J・ジャックが指導書を英語出版し、クロッケーの名称が定着した。イギリス連邦諸国でおもに行われるが、フランスとは多少ルールを異にする。アメリカではクロッケーから発達したロークroqueが行われている。競技法は、約32メートルと25.5メートルの長方形の芝生に6個の柱門(フープ)と標柱(ペグ)を立て、木槌(きづち)(マレー)によって木製やプラスチック製の球を打ち、規定の順の柱門を通過させ最後の標柱に当てる早さを往復で競う。2名から8名が2チームに分けられ、それぞれが黒、青、赤、黄色の木槌と球をもつ。実際のルールはかなり複雑で、頭脳的なプレーを要求される。日本のゲートボールの原型である。
[石井恒男]
日本においては1983年(昭和58)に日本クロッケー協会が設立され、国営昭和記念公園内につくられたコートを拠点にさまざまな普及活動を行った。国際的には各国協会の連合組織である世界クロッケー連盟に加盟し、世界選手権への選手派遣や国際交流等の活動を実施している。
[編集部]
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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