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サボア サボア Savoie

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サボア
サボア
Savoie

イタリア語ではサボイア Savoiaフランス南東部のアルプス西端に接する地方。サボア県オートサボア県に分れる。中心都市はシャンベリ。巨峰モンブランやモンスニ,小サンベルナール峠など山地が主であるが,アルプスの渓谷では水力発電所が多数あり,アルミニウム,鉄鋼,化学工業なども行われている。

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デジタル大辞泉の解説

サボア(Savoie)

フランス南東部の地名。イタリア国境のアルプス山地にあり、1860年までサルデーニャ王国領。イタリア語名、サボイア。

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百科事典マイペディアの解説

サボア

イタリア語ではサボイア。フランス南東部,レマン湖南の地方。主都はシャンベリー。東はアルプス連峰でスイス,イタリアに接し,西はローヌ川に及ぶ。サボアとオート・サボア両県に相当。

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世界大百科事典 第2版の解説

サボア【Savoie】

フランス南東部の旧地方名。イタリア,スイスと国境を接し,アルプスの要地である。主都はシャンベリーChambéry。歴史的にはまずローマ帝国の領土となり,6世紀にはブルグント王国の一部になった。1032年神聖ローマ帝国の領土に統合され,11世紀半ばころから帝国諸侯の一つであるサボイア家の支配するところとなった。フランス革命ナポレオンによってフランスに併合され(1792‐1813),1860年最終的にフランス領に編入された。

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大辞林 第三版の解説

サボア【Savoie】

フランス南東部、アルプス山脈の北部地方。中心都市シャンベリ。サルデーニャ王国の領土であったが、1860年以降フランス領。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

サボア
さぼあ
Savoie

フランス南東部、イタリア国境に接する歴史的地域。おもに現在のフランスのサボア県とオート・サボア県に相当する。イタリア語ではサボイアSavoia。11世紀以後サボイア(サボア)家の領地となり、1860年以後フランス領。
 紀元前7世紀ごろよりケルト人が住んでいたが、前2世紀末からローマ人に占領されるようになった。5世紀にはブルグント人、6世紀にはフランク人の支配下に置かれた。9世紀末からブルグント王国に帰属し、1032年に神聖ローマ帝国領に併合された。そしてこれ以後、この地をサボイア家が治めるようになった。サボイア家は、ハプスブルク家とフランスとの対立、神聖ローマ帝国とローマ教会との対立のはざまにあって、綱渡り的な外交政策を通して生き延びた。1792年フランス軍の占領下で開かれた議会は領主制の廃止とともにフランスへの併合を決め、96年ビットリオ・アメデオ3世はこれを認めた。ナポレオン1世の没落によって、サボアはサルデーニャ王国のもとで旧体制に戻ったが、自由主義勢力は旧支配勢力と対立した。フランスへの復帰を希望する人も少なくなかった。イタリア統一運動(リソルジメント)の過程で、ナポレオン3世はサルデーニャの首相カブールから対オーストリア軍事協力と引き換えにサボアとニースの譲渡の密約を得、トリノ条約に基づく1860年の住民投票で、サボアのフランスへの帰属が決まった。第二次世界大戦ではドイツ軍に占領されたが、武装集団マキが組織され、レジスタンス運動が活発であった。[本池 立]

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