翻訳|simulator
ある特定の現象について、研究や訓練のために、その現象を正確にあるいは近似的に表現するように製作された模擬装置。橋梁(きょうりょう)のように大きな桁(けた)が複雑に組み合わされている構造物に外力が加わった場合の各部の変形状態をみたいとき、各種のデータをコンピュータに入力し、変形のようすをディスプレー装置上に描かせるという方法がある。これは、変形のシミュレーションを行ったということができる。シミュレーターはこのようなシミュレーション(見せかけ、まね)を行う装置で、研究用と訓練用がある。
現在、交通関係の訓練用をはじめとして、各種構造物やプラントなどの安全性を調べるためのシミュレーターや、電力の使用状況を予想し、発電所の最適負荷を定めるためのシミュレーターなど、各分野において利用は広がりつつある。ここでは例として、交通分野の航空機・船舶・自動車の訓練用シミュレーターについて解説する。
[中山秀太郎]
パイロットの訓練は飛行中におこりうるあらゆる状況を想定して行われるが、これを実機で行うとつねに危険が伴うとともに莫大(ばくだい)な費用がかかる。そこで考え出されたのが、地上で行える乗員訓練用のフライト・シミュレーターflight simulatorである。フライト・シミュレーターを使用すると次のような利点がある。(1)実機で行えない火災やエンジンの故障などの緊急時の訓練を繰り返し十分に行うことができる。(2)気象条件や空港、航空交通管制等の訓練環境を自由に設定することができる。(3)空港周辺や航空路は過密で実機の訓練にはいろいろの制限があるが、シミュレーターではこういった問題がいっさいなく、世界各地の空港を再現して訓練することができる。(4)訓練費用は実機訓練の約10分の1ですむ。
フライト・シミュレーターは次のような装置とシステムから構成されている。
〔1〕コックピット(操縦室) 後方の教官席と教官制御パネル以外は実機とまったく同じようにつくられている。
〔2〕教官制御パネル 教官が訓練目的に応じた環境を設定し、任意に故障の種類を選択できる。
〔3〕コントロール・ローディング・システム 操舵(そうだ)量や操作の速さなどにより、昇降舵、補助翼、方向舵および地上走行中の操舵感覚はそれぞれ異なるが、このシステムによって操舵に必要な力を計算し、パイロットに舵(かじ)の重さを与えている。
〔4〕ビジュアル・システム コックピットの窓の外に画像を映し出す装置。コンピュータに空港の施設や地上物標等のデータをあらかじめ記憶させておき、パイロットの視点から見える映像を計算して映し出すコンピュータ・グラフィクス方式が多く使用されている。
以上の四つをまとめてトレーニング・ステーションという。
〔5〕モーション・システム トレーニング・ステーションを支えて動かす装置で、動きの方向は前後、左右、上下とピッチ(縦揺れ)、ロール(横揺れ)、ヨー(機首方向の揺れ)の6種類の動きが可能である。
〔6〕油圧発生装置 コントロール・ローディング・システムとモーション・システムを動かす原動力。
〔7〕コンピュータおよび付属機器 実際の飛行機の運動そのままを表すようにプログラムされたソフトが組み込まれていて、コックピットでパイロットが機器を操作すると、その結果が実際の動きそのままに再現される。
最近のシミュレーターは性能が向上し、実機で行う訓練と変わらない効果を期待できるだけでなく、実機を使うよりももっと幅広く高度な訓練ができるようになっている。現在航空会社では飛行訓練の大部分をシミュレーターで行っているが、最終目標はすべての飛行訓練をシミュレーターで行うことである。
[青木享起・仲村宸一郎]
船舶が巨大化した結果、操船は困難になり、海難の機会も増大した。操船訓練の必要性も大きくなった。しかし、実際に巨大船を用いて訓練を行うのは、不経済であり危険でもある。実船とほぼ同じ訓練効果をあげるための、巨大船と同様な操縦性能と航法装置をもつ模擬装置が操船シミュレーターである。
シミュレーターには、(1)実際には実現できない危険な状況を演出できる、(2)同じ状況を繰り返し実施できる、(3)所要の場所の所要の状態を再現できる、(4)各個のパラメーター(助変数)を自由に変えることができる、などの利点がある。この利点を活用した船舶用シミュレーターには操船シミュレーターのほか、レーダー映像判読と取扱いおよび衝突防止訓練用のレーダー・シミュレーター、各種航海計器の取扱い、データ処理を訓練する航法シミュレーター、機関操作訓練用のエンジンプラント・シミュレーター、荷役シミュレーターなどがある。
[飯島幸人]
運転技術教習用の簡単なものから、生産、研究・開発用の高度なものまで、各種が使われている。生産ラインの終点で大きなドラムの上で車輪を回転させ、出力、制動力、排出ガス成分などを測定するダイナモメーターは、一種のシミュレーターと考えられるし、高圧力の水を吹き付けて水漏れの有無を調べる装置も同様である。研究・開発としては、簡単なものではサスペンション(懸架装置)やシートに応力を反復して加え、耐久力を試す装置がある。ボディーの各部に応力を加え、ひずみやストレスを測定する方法や、衝突実験なども一種のシミュレーションといえる。各種の空気抵抗や、気流により生じるさまざまな応力を測定する風胴も、シミュレーターの一つである。
マン・マシン系の研究のための巨大なシミュレーターも建設されている。1985年の春に旧西ドイツのダイムラー・ベンツ社ベルリン工場に完成されたものもその一つで、内部には大型乗用車または大型トラックのキャブ(運転室)が収容できる。室の前方にはコンピュータ・グラフィクスのつくる道路のシーンが6台のプロジェクターで投影されるほか、走行音が電子的に合成され、加速、減速、操向などによる加重が、実験室総体を前後・左右に傾けることによって現出され、実験者はいながらにしてあらゆる種類の道路をさまざまな状況下で走り、その際の車の挙動を試すことができる。
[高島鎮雄]
模擬装置と呼ばれることもある。実在のシステムあるいは研究・開発しようとするシステムと等価な運動,挙動を示す装置をいい,機械的・電気的機構あるいはコンピューターを用いて実現される。シミュレーターは用途からそのシステムの挙動を解析し,設計・研究などに使用するものと,そのシステムの訓練用のものとに大別される。また,模擬される内容から,(1)飛行機,自動車,船舶,電気機関車,宇宙船などの操縦訓練用のシミュレーター,(2)原子力発電所,化学プラントなどのプラント制御室のシミュレーター,(3)地震シミュレーターなどの環境シミュレーター,などに分類される。
シミュレーターを使用した訓練には次のような利点がある。(1)実物では危険な運動状態でも安全に体験できる。(2)広い空間を運動している実物よりも安価である。(3)一般に実物よりも安価である。機械や装置が危険状態に陥ったとき,人がどれだけその状態に対応できるかは訓練次第である。しかし実物を使って危険状態の訓練をすることは大きな危険を伴う。そこでこのような目的にはシミュレーターが活躍することになる。
訓練用シミュレーターは1930年代にリンクE.Linkによって作られた航空機のシミュレーターであるリンクトレーナーに端を発する。リンクトレーナーは主として機械機構によったものであったが,第2次大戦後,アナログコンピューター,次いでディジタルコンピューターが使用されるようになるとともに,模擬の度合は著しく向上してきた。現在,訓練用シミュレーターは自動車,航空機などの操縦訓練で広く使用されているほか,宇宙開発ではシミュレーターが中心的役割を果たしている。これまで人類が経験したことのない宇宙旅行,宇宙船の操縦,月面着陸などの体験や訓練はシミュレーターによって行われ,輝かしい成功を収めている。また同時にこれらのシミュレーターは,人間の判断,操縦能力を評価し,また人間の欠点を補うために必要な要素を検討するなど,開発しようとするシステムを評価し,改良を加えるためにも使用される。
これら訓練用のシミュレーターにとって重要なことは,それを操縦・制御する人に,あたかも実物を操縦しているかのような実感を与えることである。機械や装置の運動,挙動の特性は,コンピューターにその運動方程式をプログラムすることによって模擬することができる。音響については,音声合成や擬音の合成技術が進歩してきたので,技術的には容易になった。外界の風景についても,コンピューターグラフィックスの技術を使い,大型カラーディスプレーに複雑な動画を自由に表示することができるようになっている。技術的にいちばんむつかしいのは,機械が運動するときの加速度を模擬することである。厳密にいえばシミュレーターに実物と同じような広い空間での運動をさせなければ正確な加速度を再現することはできない。しかし人の加速度感覚等の運動感覚は,視覚や聴覚ほど厳密ではなく,あいまいさがあり,そこを利用していわば人を“ごまかす”ことになる。さらに困難な課題は,地上の施設で無重量状態を模擬することである。人体を水中に浮かべたり,人体の重心点を上からワイヤでつり上げたりするが,やはり無重量状態を地上で模擬するのには限界がある。
→コンバットシミュレーター →シミュレーション →フライトシミュレーター
執筆者:井口 雅一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ASCII.jpデジタル用語辞典ASCII.jpデジタル用語辞典について 情報
…アナログコンピューターは,現在広く利用されているディジタル技術を核としたディジタルコンピューターの普及に先だって,シミュレーターや科学技術計算に広く活用されたアナログ技術を核とした計算機である。 数値や変数を長さ,電圧,回転角などのように連続的は物理量に置き換えて,物理現象の数学的関係を用いて相似的に計算する計算機で,もっとも手近な例として計算尺がある。…
※「シミュレーター」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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