コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

シュトラスブルクの盟約 シュトラスブルクのめいやく Serments de Strasbourg

2件 の用語解説(シュトラスブルクの盟約の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シュトラスブルクの盟約
シュトラスブルクのめいやく
Serments de Strasbourg

ストラスブールの誓約書とも呼ばれる。 842年の東フランク王と西フランク王との盟約。フランク王ルートウィヒ1世 (敬虔王) の死後,3人の子の間に勢力争いが起り,次子の初代東フランク王ルートウィヒ2世 (ドイツ王) と末子の初代西フランク王カルル2世 (禿頭王) は協力して,長兄の西ローマ皇帝ロタール1世に対抗し,841年フォントノアの戦いで勝利を得た。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

シュトラスブルクのめいやく【シュトラスブルクの盟約】

840年のルートウィヒ1世の死後,その長子のロタール1世は皇帝位と同時にフランク王国全体に対する最高権を主張して,弟のルートウィヒ2世にはバイエルン1国に甘んずることを,また末弟のカール2世には相続領をアキテーヌ1国に縮小することを強要した。そのうえ彼は,恩貸地の大盤振舞によって,弟たちの家臣の多くを,自分の家臣に加えることに成功した。このような兄の侵略政策に対抗して弟2人は結束し,841年6月25日のフォントノア・アン・ピュイゼFontenoy‐en‐Puisayeでの勝利の後,842年2月14日シュトラスブルクで防衛条約を結ぶ。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

シュトラスブルクの盟約の関連キーワードベルダン条約ルートウィヒスブルク城ルードウィヒ・Bカール[2世]ルートウィヒ[1世]ロタール[1世]ロタール[2世]クリスティアン・ルートウィヒルートウィヒ[1世](バイエルン王)ルートウィヒ・ドナウ・マイン運河

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone