ジェロニモ・デ・ジェズース(読み)Jero´nimo de Jesu´s de Castro

朝日日本歴史人物事典の解説

ジェロニモ・デ・ジェズース

没年:慶長6.9.11(1601.10.6)
生年:生年不詳
ポルトガル人フランシスコ会士。マニラを経て文禄3(1594)年,平戸に渡来。慶長2(1597)年ペドロ・バウティスタ以下26人の殉教(日本二十六聖人)の際には,九州から畿内への旅中にあり,逮捕を免れ殉教を見守った。その後,マニラに追放されたが,翌年,島原の口之津に潜入,同年12月伊勢に隠れていたところ,徳川家康によって捜し出され,日比貿易の斡旋を条件に布教を許可された。慶長6年フィリピン総督の親書と進物を携え伏見の家康に謁したが,日比交易協定締結寸前,病に倒れ京都の修道院で没した。<参考文献>L.Pe´rez《Fr.Jero´nimo de Jesu´s,restaurador de las Misiones del Japo´n: sus cartas y relaciones》

(野間一正)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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