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ジャクソニアン・デモクラシー Jacksonian Democracy

世界大百科事典 第2版の解説

ジャクソニアン・デモクラシー【Jacksonian Democracy】

アメリカ合衆国第7代大統領A.ジャクソン(在職1829‐37)の時代の〈民主的な〉改革運動を総括する概念。第2次英米戦争(1812‐14)後,産業革命と西部開拓の進展により人口の急激な流動化が起こり,各地方の名望家支配が動揺し始め,民衆運動や民衆扇動が全国的に展開された。1820年代から40年代にかけて,労働組合運動,勤労者党の運動,反メーソン運動,奴隷解放運動,第2次信仰復興運動,選挙権拡大を要求するロード・アイランド州のドアの乱(1842),ニューヨーク州の地代反対一揆(1839‐46)等が噴出した。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のジャクソニアン・デモクラシーの言及

【民主主義】より

…《コモン・センス》(1776)を書いてアメリカ人に独立の意義を教えたイギリスの急進主義者T.ペインが,《人間の権利》(1791‐92)の中で,アメリカの代表制こそ,アテナイの民主主義を大規模社会で,しかもより完全に実現させた,まさに共和主義の真髄である,と手放しに賞賛できたのもこのためである。
[ジャクソニアン・デモクラシーとトックビル]
 19世紀に入りアメリカでは,〈共和主義の宮廷〉という言葉に象徴される東部共和主義文化の貴族主義化があり,これに対して,独立農民の立場から,アメリカの理念の再純化としてrepublican democracyまたはdemocracyが新たに唱えられ,1828年大統領選挙におけるA.ジャクソンの圧勝とともに,〈ジャクソニアン・デモクラシーJacksonian Democracy〉の時代を迎える。この時代に,宗教的立場のいかんを問わない白人成年男子普通選挙制が,従来の西部各州から全国に拡大され,参加と自治の原理がさらに確立された。…

【アメリカ合衆国】より

…連邦憲法では,選挙権は各州ごとに規定されることになっているが,一般的には西部諸州の方がより民主的であった。19世紀の30年代,ジャクソニアン・デモクラシーの時代には,ほぼ白人成年男子普通選挙制が全国的に認められ,南北戦争後黒人にも一応選挙権が与えられたが,90年代には南部諸州の憲法の改正により黒人は実質的に選挙権を剝奪された。女性参政権については1840年代より活発な運動が行われ,19世紀後半西部諸州でしだいに女性参政権が認められ,1916年の選挙では女性の連邦議会議員も出現しているが,20年に憲法第19修正で女性参政権が全国的に認められることとなった。…

【民主主義】より

…《コモン・センス》(1776)を書いてアメリカ人に独立の意義を教えたイギリスの急進主義者T.ペインが,《人間の権利》(1791‐92)の中で,アメリカの代表制こそ,アテナイの民主主義を大規模社会で,しかもより完全に実現させた,まさに共和主義の真髄である,と手放しに賞賛できたのもこのためである。
[ジャクソニアン・デモクラシーとトックビル]
 19世紀に入りアメリカでは,〈共和主義の宮廷〉という言葉に象徴される東部共和主義文化の貴族主義化があり,これに対して,独立農民の立場から,アメリカの理念の再純化としてrepublican democracyまたはdemocracyが新たに唱えられ,1828年大統領選挙におけるA.ジャクソンの圧勝とともに,〈ジャクソニアン・デモクラシーJacksonian Democracy〉の時代を迎える。この時代に,宗教的立場のいかんを問わない白人成年男子普通選挙制が,従来の西部各州から全国に拡大され,参加と自治の原理がさらに確立された。…

※「ジャクソニアン・デモクラシー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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