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ジャンノーネ ジャンノーネGiannone, Pietro

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ジャンノーネ
ジャンノーネ
Giannone, Pietro

[生]1676.5.7. イスキテラ
[没]1748.3.17. トリノ
イタリアの歴史家,法律家。教皇の俗権を徹底的に否定した自然法思想の代表的理論家。教会権力からの政治の独立を主張したため教皇庁の弾圧を受けて国外に亡命。帰国後,捕えられて獄死した。主著『ナポリ王国市民史』 Storia civile del regno di Napoli (1723) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

ジャンノーネ【Pietro Giannone】

1676‐1748
ナポリの歴史家,哲学者。教権に対して国権の優位を主張する立場から《ナポリ王国文明史》(1723)を著し,教皇庁の怒りをかった。同書は禁書とされ,本人もナポリを去ってウィーンに亡命し,新たに《ローマ教皇の三重冠》の執筆にかかった(刊行は1940)。1736年イタリアに戻ることを望んだが,サルデーニャ王国領内で逮捕され,獄中で《自伝》を執筆,釈放されることなく死去した。【北原 敦】

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世界大百科事典内のジャンノーネの言及

【ナポリ王国】より

… スペイン継承戦争が始まるとナポリ王国はオーストリアの支配下に入ったが(1707),ポーランド継承戦争の結果,スペイン王フェリペ5世(ブルボン家)の子カルロ7世がナポリおよびシチリア王に即位(1734),トスカナの法律家タヌッチBernardo Tanucci(1689‐1782)を宰相に起用して啓蒙主義的な政策を行った。カルロ7世がスペイン王(カルロス3世)に即位(1759)した後を継いだフェルディナンド4世Ferdinando IVの時代には,同じくタヌッチの指導下でP.ジャンノーネの政治思想やA.ジェノベーゼの経済思想の影響を受けた政策が実行された。それは反貴族・反教権的な指向をもち,1768年にはイエズス会士の追放が行われた。…

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