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禁書 きんしょ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

禁書
きんしょ

思想対策,治安維持などのため,国,政府などによって刊行,輸入,所蔵を禁止された書物またはその行為。 (1) 西洋 古代ギリシアローマでは,涜神の罪により,また官能的な書物や詩文が告発され,追放されるものがあったが,これらは偶発的なものであった。

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デジタル大辞泉の解説

きん‐しょ【禁書】

法律や命令で特定の書籍の発行・輸入・閲覧・所持を禁止すること。また、その書籍。中国の焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)、江戸幕府キリシタン書輸入禁止など。

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百科事典マイペディアの解説

禁書【きんしょ】

時の為政者あるいは教会が治安維持,公共の秩序,信仰などの理由から,ある書物の刊行,販売,所蔵を禁ずること。またその書物。西洋では,16世紀に《禁書目録》が公刊されて以来,ローマ・カトリック教会で組織的な禁書が行われ,今日に及んでいる。

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世界大百科事典 第2版の解説

きんしょ【禁書】

国内の治安維持,思想対策,軍事機密の保持,風俗取締り等を目的に,政府が法律によって特定の書物の刊行・所蔵・閲覧を禁止すること,ならびに禁止された書物をいう。
[中国]
 禁書の事例は古く戦国時代にまでさかのぼる。秦の孝公の下で変法を実施した商鞅(しようおう)は,古聖の書を引証しては変法に攻撃を加える守旧派に対抗するため《詩経》《書経》を焚(た)いた。韓非子も古書と儒者を除くことを主張しているが,有名な秦の始皇帝による焚書(ふんしよ)はこの流れを受けたものである(焚書坑儒)。

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大辞林 第三版の解説

きんしょ【禁書】

書籍の出版・販売やそれを読んだりすることを国家が禁止すること。また、その書物。
江戸時代、幕府がキリシタン関係の書籍の輸入を禁止したこと、および、その対象となった書籍。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

禁書
きんしょ

国内の治安維持、信仰上の問題、風俗取締りなどのいろいろな理由から、政府や教会の命令によって書物の発売、輸入、所蔵、閲覧を禁止すること、またそれによって禁止された書物。広い意味の言論統制の一つ。一方、規制される側による書籍の隠匿や秘密回覧、地下出版などの手段による抵抗も、洋の東西を問わず多くの国にみられた。[金子和正]

中国

中国における禁書のもっとも古い例は秦(しん)である。すでに戦国時代、李斯(りし)などの献策による例もあるが、著名なのは統一後の紀元前213年、始皇帝が挟書律(きょうしょりつ)を定めて、秦の記録、占卜(せんぼく)、医薬、農業などの書を除くすべての書物を焼き払った焚書(ふんしょ)である。以後、隋(ずい)の煬帝(ようだい)は、漢代から流行し、歴代の皇帝がしばしば禁じていた讖緯(しんい)の書を厳禁し、四方に捜し求めて焼いた。唐代では偽書と断じられた『老子化胡経(ろうしけこきょう)』や仏教の一派であった三階教の経典が焼却され、宋(そう)代では実録、正史、会要など政治に関する書、あるいは天文書、刑法書、兵書などが禁書となった。宋代になると、印刷術の普及によって書物の大量出版が可能となり、社会への影響力も激増してくる。禁書は以前にもましてしばしば行われるようになった。元代では『太乙雷公式』『推背図』などのいわゆる妖(よう)書や道教の書が禁じられ、明(みん)代では反儒教的思想をもち希代の危険思想家とされた李贄(りし)の筆禍事件が有名である。彼の著作は既刻・未刻を問わずすべて焼却された。このように禁書は歴代にわたって行われたが、もっとも大規模かつ徹底的であったのは清(しん)朝の乾隆帝(けんりゅうてい)である。彼は漢民族の反満思想を除くために、統治に不利益と認められる書物は容赦なく焼却、その数は538種、1万3862部に及んだ。また彼はこの時期に、中国最大の叢書(そうしょ)『四庫全書』の編集を命じているが、これも実は全国各地の書物を集めて検閲するためであったともいわれる。1788年(乾隆53)には『禁書総目』を刊行したが、これに登録された禁書のなかには、すでに日本に舶載されていたため焼却を免れたものも少なくない。禁書には書物・版木ともに焼却を命ぜられた全燬(ぜんき)書、一部分の訂正削除を命ぜられた抽燬(ちゅうき)書がある。このほかに『金瓶梅(きんぺいばい)』『水滸伝(すいこでん)』などの小説が風俗惑乱、社会不安をきたすおそれのあるものとして、また科挙受験のための模範答案例のようなものも禁じられた。[金子和正]

日本

1639年(寛永16)、江戸幕府はキリスト教を厳禁し、ポルトガル船の来航を禁止する鎖国令を発布したが、それに先だつ1630年には禁書令を発布してキリスト教関係の書物32種の輸入を禁止した。以後、長崎会所に書物目利(しょもつめきき)、長崎聖堂に書物改役(あらためやく)を置いて、中国より舶載される書物の検閲をすることになった。検閲は厳しく、禁書、または疑わしい書物は、有害の程度によって焼き捨てあるいは積み戻しをし、書中に一言半句でもキリスト教に関する記事があれば、その部分を墨で消すか、一葉全部を破り取った。しかし、禁書中には『幾何原本』などキリスト教とは無関係の技術書や科学書が含まれていたので、8代将軍吉宗(よしむね)は1720年(享保5)禁制を緩和し、これら科学・技術書の輸入を認めるようになった。ただし、国内出版物に関しては1722年に出版令を布令し、本屋仲間の結成などの規制強化を行った。これらの方針は幕末まで続く。江戸幕府はこのほかに、治安維持のため著作中に将軍家・大名家などに言及することを禁じ、あるいは時代の新しい動向を盛り込んだ書物の出版、また風俗取締りのために好色本の出版を厳しく禁じた。明治から昭和にかけては、1893年(明治26)、検閲制度のもとに発売禁止(発禁)や輸入禁止を規定する出版法が施行され、1925年(大正14)の治安維持法と相まって猛威を振るい、第二次世界大戦中は紙などの資材配給を絡めた出版統制が行われた。さらに戦後はアメリカ軍の占領政策によって、かつての軍国主義思想書はすべて禁止されるなど、さまざまな理由で発禁となった出版物はおびただしい数に上る。[金子和正]

西洋

紀元前387年に、未成熟な読者を惑わすとの理由で、プラトンはホメロスの『イリアス』や『オデュッセイア』の追放を提言しており、その『オデュッセイア』を、ローマ皇帝カリグラは紀元後35年に、ローマの独裁帝政に危険な自由思想を鼓吹するものとして読ませないようにしたなどの例からみても、禁書の観念はずいぶん古くまでさかのぼり、古代、中世を通じて連綿と続いた。なかでも、ローマ・カトリック教会の公布した禁書目録は有名である。
 絶対主義王政下では当然のことながら王権にすこしでも疑問を抱かせるものは禁書とされた。フランスではルイ14世が広範な書籍を禁書とした。18世紀以降でも、思想と表現の自由がもっとも大幅に認められたイギリスにおいてさえ、1774年に出版されたジェファソンの『英植民地アメリカの権利』が発禁処分に付されている。またD・H・ローレンスの完本『チャタレイ夫人の恋人』の公刊がイギリスで許されたのも1960年のことである。なお、第二次世界大戦中、ヒトラーがマルクス主義的、自由主義的、ユダヤ的、反ナチス的な書物を大量に焼き滅ぼした事実は記憶に新しい。[寿岳文章]

第二次世界大戦後の状況

思想や表現の自由が基本的人権の一つとして重んぜられる潮流が強まる一方で、体制に不都合な思想の規制を依然として必要とする例が少なくない。そのため、単純な禁止と併行して、事前の検閲による内容への干渉、紙などの資材や印刷・複写機器の管理、書籍発刊・輸入の一元化などにより実質的な統制を図る国も多い。さらに、限られた研究者などにのみ特定の書籍の閲読を許す制度も広くみられる。もっとも規制の少ない国の一つであるアメリカにおいても、マッカーシズムの例や、一部地域での進化論を教える教科書の抑圧などの例がある。禁書は人類の永遠のテーマの一つといえるかもしれない。[大川哲也]
『『筆禍史』(『宮武外骨著作集4』所収・1985・河出書房新社)』

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世界大百科事典内の禁書の言及

【四庫全書】より

…収書法には買上げと借用とがあり,500部以上進献したものには,《古今図書集成》が下賜された。しかし審査の際に,清朝にとって都合の悪い記事は削除されたり文字を改められ,2000を超える書籍が禁書となったのであり,思想統制と知識人対策が同書編纂の目的の一つであったといわれている。 こうして最初の四庫全書一揃いができたのは1781年で,任松如の《四庫全書答問》によると著録3457部7万9070巻,存目6766部9万3556巻といわれる。…

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