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ジョアン[2世] ジョアン

百科事典マイペディアの解説

ジョアン[2世]【ジョアン】

ポルトガル国王(在位1481年―1495年)。貴族の反乱を抑えて国内を統一,絶対主義の基礎を固め,B.ディアスの喜望峰到達など探検航海を援助した。1494年スペインとトルデシーリャス条約を結び,新大陸の領域を画定した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ジョアン[2世]【João II】

1455‐95
ポルトガル王。在位1481‐95年。アフォンソ5世の子。カスティリャ併合の野望に夢中になっていた父王アフォンソ5世に代わって,即位以前から内政,海外進出事業に携わっていたが,1481年の即位と同時に,父王の治世下に強大化した貴族勢力を徹底的に弾圧して絶対王政の確立に努めた。翌年顧問会議の反対を押し切って西アフリカの黄金海岸にミナ商館を建設してスーダンの金取引を恒常化するとともに,さらにアフリカ南下政策を推進した。

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世界大百科事典内のジョアン[2世]の言及

【大航海時代】より

…大西洋への進出は遠洋漁業という形をとったが,アフリカへの進出は武力進出の形をとった。1415年ポルトガル国王ジョアン1世はモロッコのセウタを占領し,ここに根拠地を建設した。これがポルトガルの海外進出の第一歩となった。…

【トルデシーリャス条約】より

…1494年6月スペインのカトリック両王とポルトガルのジョアン2世との間で締結された条約で,これにより大西洋における両国の管轄区域が定められた。コロンブスの発見地を1479年のアルカソバス協定にもとづいて自国の領土に属すると主張するジョアン2世に対し,カトリック両王はローマ教皇アレクサンデル6世に使者を送り,発見地が自国に属する旨の大教書の公布を求めた。…

【ポルトガル】より

…中世のポルトガル教会では他の西欧カトリック諸国同様に古い聖歌が歌われ,一般社会には民衆的な歌を歌い歩く,また種々の弦・管・打楽器を奏して歩く楽師たちがいたことはまちがいない。15~16世紀のルネサンス時代になるとアフォンソ5世,ジョアン3世ら,音楽好きの王がポルトガルに目だち,宗教的な多声合唱音楽をはじめ,世俗歌曲,初期の劇音楽なども発展をみせた。16世紀の主要な作曲家には人文主義者のゴイス,パイバHeliodoro de Paiva(1502?‐52),カレイラAntónio Carreira(1525ころ‐89ころ)らがある。…

※「ジョアン[2世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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