ジョンソン(読み)じょんそん(英語表記)Randy Johnson

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ジョンソン(Randy Johnson)
じょんそん
Randy Johnson
(1963― )

アメリカのプロ野球選手(左投右打)。本名Randall David Johnson。大リーグ(メジャー・リーグ)のモントリオール・エクスポズ(現ワシントン・ナショナルズ)、シアトル・マリナーズ、ヒューストン・アストロズ、アリゾナ・ダイヤモンドバックス、ニューヨーク・ヤンキースで投手としてプレー。208センチメートルという長身で「ビッグユニット」の異名をとり、スリークォーターから時速160キロメートル以上の豪速球を投げ込む。1998年から2002年にかけて5年連続300奪三振以上を続けた。
 9月10日、カリフォルニア州ウォルナットクリークで生まれる。南カリフォルニア大学から1985年、ドラフト2巡目指名を受けてエクスポズに入団。1988年に大リーグにデビュー、翌年途中でトレードされ、移籍先のマリナーズで頭角を現した。1990年6月2日の対デトロイト・タイガース戦でノーヒットノーランを達成した。しかし当時はコントロールが悪く、2桁(けた)勝利はあげても、2桁の敗戦と3桁の四球も同時に記録した。尊敬するノーラン・ライアンにアドバイスを仰いでから急成長し、1992年から4年連続奪三振王に輝き、とくに95年は最優秀防御率との二冠王となってマリナーズの球団初の地区優勝に貢献し、サイ・ヤング賞(最優秀投手賞のこと)に選ばれた。1998年途中でアストロズへトレードされ、翌年からダイヤモンドバックスへ移籍、以降は4年連続して奪三振王とサイ・ヤング賞を独占、99年と2001年は最優秀防御率との二冠王、02年は自身初の最多勝利も含めた三冠王に輝いた。2001年にはニューヨーク・ヤンキースとのワールド・シリーズで3勝(先発2、救援1)をあげる活躍をみせ、ダイヤモンドバックスが史上最速の球団創設4年目での世界一となる原動力となり、僚友のカート・シリングとシリーズ最優秀選手(MVP)を分け合った。2004年5月には対アトランタ・ブレーブス戦で完全試合を達成、これは大リーグ史上最年長(40歳8か月)記録であった。翌05年1月に交換トレードでヤンキースに移籍して17勝、06年にも17勝をあげて、それぞれ地区優勝に貢献。2007年1月、4選手と交換で古巣ダイヤモンドバックスに移籍した。[出村義和]

2007年以降

2007年は故障のためにわずか10試合の登板にとどまり、4勝3敗、防御率3.81。
 2007年までの通算成績は、登板試合566、投球回3855と3分の1、284勝150敗、セーブ2、防御率3.22、奪三振4616、完投98、完封37。獲得したおもなタイトルは、最多勝利1回、最優秀防御率4回、最多奪三振9回、サイ・ヤング賞5回。[編集部]

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