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ライアン ライアン Lyon, Mary

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ライアン
ライアン
Lyon, Mary

[生]1797.2.28. バックランド近郊
[没]1849.3.5. サウスハドレー
アメリカの教育家。 17歳で教師生活に入り,1817年糸紡ぎと機織りで得た収入でアシュフィールドのサンダーソン・アカデミーにおもむき,自活しながらみずからも他の学校に通った。 28年イプスウィッチに女子セミナリーを開設,教師として,経営者としての成功と自分の育てた若い女性の社会的需要とに自信を得,恒常的な教育施設の設立を思い立った。

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ライアン
ライアン
Lyon, Nathaniel

[生]1818.7.14. コネティカットアシュフォード
[没]1861.8.10. ミズーリ
アメリカの軍人。 1841年陸軍士官学校卒業。アメリカ=メキシコ戦争に従軍し,フロンティアで軍務に服した。 50年代末から共和党員となって A.リンカーンを支持。 61年代将として東ミズーリ地区司令官となり,連邦脱退派のミズーリ州知事 C.ジャクソンとの会見が失敗すると州都を占領,さらに南軍を追って南西ミズーリに進撃したが,反撃にあって戦死。

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ライアン
ライアン
Ryan, Nolan

[生]1947.1.31. テキサス,レフュージオ
アメリカ合衆国プロ野球選手。フルネーム Lynn Nolan Ryan, Jr.。投手,右投げ。1965年ニューヨーク・メッツと契約を結び,1967年までマイナーリーグプレーしたのち大リーグに昇格。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ライアン Ryan, Timothy J.

1907?- アメリカの軍人。
陸軍中佐。昭和20年占領軍埼玉軍政部の初代司令官となる。選挙制度の民主化,農地改革,労働組合の育成など埼玉県内の民主化を指導した。23年帰国。ハーバード大卒。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ライアン
らいあん
Lynn Nolan Ryan Jr.
(1947― )

アメリカのプロ野球選手(右投右打)。大リーグメジャー・リーグ)のニューヨーク・メッツカリフォルニア・エンゼルス(現ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム)、ヒューストン・アストロズ、テキサス・レンジャーズで投手としてプレー。「エキスプレス」の異名をとり、通算5714奪三振の大記録を打ち立てた豪速球投手である。
 1月31日、テキサス州レフュージオで生まれる。アルビン高から1965年、ドラフト8巡目指名を受けてメッツに入団。当初から、コントロールは悪いがスピードは群を抜いており、1966年のシーズン終盤には大リーグ昇格を果たした。1969年にはチームがワールド・シリーズに進出。第3戦に救援で2回を投げ、「ミラクル」とよばれたワールド・シリーズ優勝に貢献した。1972年にエンゼルスに移籍、本格的に才能を開花させた。移籍1年目から3年連続して奪三振王となり、とくに1973年は奪三振383のシーズン新記録を樹立したうえに、2回もノーヒットノーランを達成。「カリフォルニア・エキスプレス」とよばれて人気を集めた。1974年と75年にもノーヒットノーランを達成。1976年から79年まで、ふたたび4年連続で奪三振王となった。1980年からはFA(フリーエージェント)でアストロズへ移籍。初の年俸100万ドル・プレーヤーとなった。1981年は5回目のノーヒットノーランをマークし、最優秀防御率を獲得。1987年には最優秀防御率と奪三振王の二冠王となった。1988年も奪三振王となり、レンジャーズへ移籍した89年と90年も奪三振王を獲得。1990年に6回目、91年には44歳で史上最多7回目のノーヒットノーランを達成した。最後まで速球派のピッチングで押し通したが、肘(ひじ)の故障には勝てず1993年限りで引退。
 27年間の通算成績は、登板試合807、投球回5386、324勝292敗、防御率3.19、奪三振5714、完投222、完封61。獲得したおもなタイトルは、最優秀防御率2回、最多奪三振11回。1999年に野球殿堂入り。[山下 健]
『ノーラン・ライアン、ハービー・フロマー著、武田薫訳『熱球ノーラン・ライアン』(1993・ベースボール・マガジン社) ▽ノーラン・ライアン、トム・ハウス著、斉藤信太郎、川島英夫訳『ノーラン・ライアンのピッチャーズ・バイブル』(1992・ベースボール・マガジン社)』

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