ロシア連邦の南西部、スタブロポリ地方の行政中心地。人口34万5100(1999)。大カフカス山脈北側斜面の高原上にある。1777年にロシアの要塞(ようさい)が築かれたのが起源で、ザカフカスとロシアとを結ぶ軍事道路の要地とされた。1935~43年にはソ連時代初期の軍人・政治家ウォロシーロフの名にちなみウォロシーロフスクВорошиловск/Voroshilovskと称した。おもな工業は、機械・金属(工作機械、小型機械、機械部品、クレーン車、トレーラー、電気機器)、化学、軽工業、食品加工、家具製作などがある。また、農業、工業、医科、教育、協同組合経営、電気通信などの研究教育施設があるほか、郷土博物館、レールモントフ記念劇場も置かれている。また別の都市で、フィアットの自動車工場で知られるトリアッティ市も、1964年までスタブロポリとよばれていた。
[渡辺一夫・上野俊彦]
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ロシア連邦南部,北カフカス中央部の同名地方の主都。人口35万5914(2004)。1777年南部国境防備のためのアゾフ・モズドク要塞線の一つとして建設された。カフカスとロシア中央部を結ぶ交通の要地。革命,内戦を経て1920年2月赤軍により解放。35年から43年までボロシーロフスクと呼ばれた。機械,化学,電気,食品,軽工業が盛んで,北カフカスの産業,文化の中心の一つ。
執筆者:高橋 清治
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…人口67万8000(1993)。旧称はスタブロポリStavropol’で,1964年,この年に死去したイタリア共産党書記長P.トリアッティを記念して改称。66年ソ連政府はイタリアのフィアット社と契約をむすんで,この地への新自動車工場,住宅の建設につとめた結果,工業都市として急成長し,全国からの労働者の流入で人口も急増した。…
…人口67万8000(1993)。旧称はスタブロポリStavropol’で,1964年,この年に死去したイタリア共産党書記長P.トリアッティを記念して改称。66年ソ連政府はイタリアのフィアット社と契約をむすんで,この地への新自動車工場,住宅の建設につとめた結果,工業都市として急成長し,全国からの労働者の流入で人口も急増した。…
※「スタブロポリ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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