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スハルト体制 すはるとたいせい

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知恵蔵の解説

スハルト体制

スハルトは30年余にわたりインドネシアに独裁体制を敷いた。自らの体制を「新秩序」と呼び、「安定」と「開発」を国家課題に掲げ、強権支配を正当化しようとした(開発独裁)。半面、公私の区別はあいまいになり、腐敗・汚職がまんえん。スハルトは国軍や中央官庁、政府系企業の運営で「子分(部下)」への地位や資金の相応の分配を心がけたが、次第に取り巻きや親族の利害重視に傾く。1997年の経済危機を強権で乗り切ろうとしたが、一族のファミリービジネスや不正蓄財への国民の不満が噴き出し、軍の内部抗争も絡み首都などで暴動が発生、政府内も分裂して98年5月、辞任に追い込まれた。副大統領から昇格した後任のハビビは「改革」に着手。だがスハルト不正蓄財問題の追及に及び腰だったことや、東ティモール問題の処理をウィラント国軍司令官に任せ国連平和維持軍の介入を招く大混乱をもたらしたことなどから、支持を失った。99年6月に総選挙が実施され、同年10月、最大のイスラム団体ナフダトゥル・ウラマ(NU)議長のワヒドが新大統領に就任。ワヒドは自由な知識人で大衆に人気はあったが、国会軽視発言や独断人事で国会と対立するようになり、2001年7月、解任。結局、「スハルト体制」の政治的清算が不十分なまま、政権はメガワティ、そしてユドヨノへと移る。00年から始まったスハルト不正蓄財裁判は06年5月、検察当局が「元大統領の健康状態の悪化」などを理由に公訴を取り下げ、打ち切られた。スハルトは08年1月27日、ジャカルタ市内で病死した。86歳だった。

(片山裕 神戸大学教授 / 2008年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」
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