コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

セサロニキ Thessaloníki

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

セサロニキ
Thessaloníki

ギリシア北部,マケドニア地方中部の都市。古代ギリシア語読みではテッサロニケ Thessalonikē,ラテン語ではテッサロニカ Thessalonica,英語ではサロニカ Salonika。ハルキディキ半島の基部西岸,セルマイコス湾の湾奥に位置する港湾都市で,アテネに次ぐギリシア第2の商工業中心地。古代都市テルメがあったあたりに,前 315年アレクサンドロス3世 (大王) の後継者 (ディアドコイ) の一人カサンドロスが建設,大王の妹にあたる妻の名にちなんで命名。前 148年以降ローマ領マケドニアの首都。ビザンチン時代にはコンスタンチノープルに次ぐ都市として繁栄。スラブ,ブルガール,ノルマンなどの異民族にしばしば攻撃され,1423年ベネチア領となったが,1430年オスマン帝国により占領。以後 482年間にわたってオスマン帝国の支配下に置かれ,この間に人口が激減した。バルカン戦争 (1912~13) 後ギリシア領。第1次世界大戦中の 1916年,ベニゼロスによる臨時政府が樹立され,バルカン戦線における連合国側の拠点となった。主要工業は酒類製造,皮革,綿織物,じゅうたん,煉瓦,タイル,石鹸,製粉など。港はピレエフスに次ぐ貿易港で,クロム,マンガン,各種農産物を輸出。市街はホルティアティス山西麓に海岸に沿って南北に細長く延び,市内にはローマ時代,ビザンチン時代の遺跡や建築物が多数保存されており,1988年世界遺産の文化遺産に登録されている。アテネと並ぶ学芸の中心地で,国立セサロニキ大学 (1925) をはじめとする多数の教育機関がある。また北部ギリシアの交通の中心地で,ギリシア各地のほか,マケドニア共和国,ブルガリアへも鉄道が通じ,国際空港がある。人口 40万 6413 (1981) 。大都市圏 97万 7528 (1991推計) 。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

セサロニキの関連キーワードハギア・ソフィア[セサロニキ]マケドニア内部革命組織アレクサンドルポリスケマル・アタチュルクギリシア十字式聖堂初期キリスト教美術ナーズム・ヒクメトテッサロニカ公国ペロポニソス半島ゲオルギオス1世ジャービト・ベイエンベル・パシャ青年トルコ革命アリアクモン川ビザンチン建築ルーマニア語アクシオス川カルディツァミルチヤ老公コモティニ

今日のキーワード

グランピング

「グラマラス(Glamorous)」と「キャンピング(Camping)」を掛け合わせた造語で、ホテル並みの設備やサービスを利用しながら、自然の中で快適に過ごすキャンプのこと。従来型のキャンプとは一線を...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android