カサンドロス(その他表記)Kassandros

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カサンドロス」の意味・わかりやすい解説

カサンドロス
Kassandros

[生]前358頃
[没]前297
マケドニア王 (在位前 305~297) 。カッサンドロスとも表記される。アンチパトロスの子。アレクサンドロス3世 (大王) の「後継者 (ディアドコイ ) 」の一人。マケドニアの摂政であった父が死んだあと,新摂政ポリュペルコンを認めず,アンチゴノス1世の力をかりて,マケドニアとアテネを含むギリシアの大部分を掌握。次いでプトレマイオス1世ソテル,セレウコス1世,リュシマコスらと結んでアンチゴノスに対抗,前 301年のイプソスの戦いでアンチゴノスを破り,マケドニアの支配を確保した。また大王の遺児アレクサンドロス4世,その母ロクサネを殺し,大王の家を断絶させた。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「カサンドロス」の解説

カサンドロス
Kassandros

前355頃~前297

ディアドコイの一人。アレクサンドロス大王の死後マケドニアとギリシアの大部分を領有し,大王の異母弟,母,子,妻を次々に殺し,イプソスの戦いではリュシマコスと結んで,のち死ぬまでマケドニアを確保した。

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旺文社世界史事典 三訂版 「カサンドロス」の解説

カサンドロス
Kasandros

前358ごろ〜前297
マケドニア王(在位前316〜前297)
アレクサンドロス大王の遠征中,マケドニアを管理していたアンティパトロスの子。父の死後,アンティゴノス1世を前301年イプソスの戦いで破り,大王の妻子を殺して自己の王権を強化した。

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