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セマウン

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百科事典マイペディアの解説

セマウン

インドネシア共産党創成期の指導者の一人。東部ジャワに生まれる。1915年,在住オランダ人スネーフリートらの東インド社会民主同盟に参加,スネーフリートの影響下で最初のインドネシア人社会主義者の一人となる。

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世界大百科事典 第2版の解説

セマウン【Semaun】

1899‐1971
インドネシア共産党創成期の指導者。東部ジャワに生まれ,鉄道員として働きながら労働組合運動で頭角を現し,1914年イスラム同盟に,翌年には在住オランダ人社会主義者スネーフリートらのつくった東インド社会民主同盟に加わった。当時インドネシアでは,イスラム同盟が民族運動の主流で,社会民主同盟はこれへの浸透を策し,分派活動を通してイスラム同盟の急進化と左派分子の獲得をはかっていたが,セマウンはスネーフリートの一番弟子,インドネシア人社会主義者の草分けとして,この工作の中心を担った。

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20世紀西洋人名事典の解説

セマウン
Semaun


1899.(1890.説あり) - 1971
インドネシアの労働活動家。
東部ジャワ生まれ。
鉄道員として働くかたわら労働組合運動で頭角を現し、1914年イスラム同盟に、翌’15年には東インド社会民主党同盟に参加する。その後、’20年インドネシア共産党を結成し、初代議長。’23年にはストライキを指導したため国外追放となり、主にソ連で亡命生活を送った後、’56年に帰国。帰国後はスカルノと協力し、国家計画評議会のメンバーとなった。

出典|日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)
(C) 1995 Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
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