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セリム[1世] セリム

百科事典マイペディアの解説

セリム[1世]【セリム】

オスマン帝国第9代のスルタン(1512年―1520年)。激しい気性のため〈冷酷者〉と呼ばれた。1514年サファビー朝イランに侵攻,1516年シリアを攻略,1517年エジプトのマムルーク朝を滅ぼした。
→関連項目オスマン帝国スレイマン[1世]トルココーヒー

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世界大百科事典 第2版の解説

セリム[1世]【Selim I】

1467‐1520
オスマン帝国第9代スルタン。冷酷者Yavuzとあだ名された。在位1512‐20年。父はバヤジト2世,母はアイシェ・ハトン。アナトリアのアマシアで生まれた。皇子時代トレビゾンド知事となる。そのころクリム・ハーン国と結んで着々と地盤を固めた。イエニチェリの信望甚だ厚く,彼らに擁立されて1512年父帝を退位させてスルタンに即位した。8年間の短い治世におけるおもな事績は,イラン・アラブ地域への征服事業であり,14年に行われたシーア派のサファビー朝のイスマーイール1世に対する遠征では,チャルドランの戦で勝利を収めた。

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世界大百科事典内のセリム[1世]の言及

【チャルドランの戦】より

…1514年,トルコ東部,ワン湖北東約40kmにあるチャルドランÇaldıran(ペルシア語ではチャールデラーンChālderān)の野で行われたオスマン帝国のセリム1世とサファビー朝のイスマーイール1世との戦い。サファビー朝はシーア派イスラムを国教とし,シーア派イスラム教徒の多数住むアナトリア東部でも政治的・宗教的宣伝活動を展開,そのため同地域では反オスマン帝国の民衆暴動が頻発した。…

※「セリム[1世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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