センナール

デジタル大辞泉の解説

センナール(Sennar)

スーダン南東部の都市。センナール州の州都青ナイル沿いに位置し、古くから交易が盛ん。15世紀から19世紀までフング王国の都が置かれた。1920年代にセンナールダムが建設され、灌漑(かんがい)農業が発展。鉄道交通の要地でもあり、農産物の集散地となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

センナール
せんなーる
Sennar

北アフリカ、スーダン東部、センナール州にある都市。人口約7万。首都ハルトゥームの南東約300キロメートル、青ナイル川の左岸に位置し、鉄道の分岐点でもある。15世紀から19世紀にかけてはフングFung王国の町として栄えた。1922~25年にかけて建設されたセンナール・ダムがあり、周辺には灌漑(かんがい)農地が展開し、小麦、大麦、トウモロコシ、モロコシなどの農産物の集散地となっている。[端 信行]

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世界大百科事典内のセンナールの言及

【オベイド】より

…人口22万8000(1993)。首都ハルツームを起点としセンナールSannār(青ナイル沿いの町。発電用のダムがある)を経由する全長約600kmの鉄道の終点である。…

【スーダン】より

…その頃からヌビア住民は,ナイル川に沿ってエジプトから南下する,あるいは紅海を渡ってアラビア半島からやって来るアラブ・ムスリムと接触を深め,ジャアリーンJa‘alīnおよびジュハイナJuhaynaと総称される,アラブの血を引いた諸部族の誕生をみた。これらアラブ系部族のイスラム首長国(マシュヤハMashyakha)が,キリスト教王国の衰退につれてナイル川流域にいくつも成立していき,オスマン帝国のエジプト支配(1517)と同じ頃,それら首長国を統合してフンジFunj王国(1515‐1821)が成立,青ナイル川流域センナールSennārを中心にしてナイル川第3急湍以南両ナイル合流域にかけてイスラムにもとづく統治が始まった。このとき,ナイル川周辺の一部アラブ系部族が白ナイル川西岸のコルドファンに移動,アラブ系遊牧民(バッカーラBaqqāra,ベダイリーヤBedaylīya等)として定着した。…

※「センナール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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