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ソビエト=ポーランド戦争 ソビエト=ポーランドせんそうSoviet-Polish War

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ソビエト=ポーランド戦争
ソビエト=ポーランドせんそう
Soviet-Polish War

第1次世界大戦後,ウクライナ,ベラルーシの帰属をめぐってソビエト・ロシアとポーランドとの間に勃発した戦争 (1919~20) 。ポーランド側からは「キエフ遠征」と呼ぶ。ポーランドの独立後,国家主席となった J.ピウスツキは広大な東方領土を合せてポーランドを盟主とする連邦国家の樹立を企図したが,ドイツ軍の撤退に伴ってソビエト・ロシア軍が西方に進出,現地の革命勢力と合流してこれらの地域を占拠した。ピウスツキは帝政ロシアの復活を望まず,しばらく介入を控えたが,ウクライナの民族主義者 S.ペトリューラと結び 1920年4月 25日大規模な攻撃を開始,5月7日キエフを占領した。しかし6月以降ソビエト軍が反攻を開始,ポーランド軍を敗走させた。勝利したソビエト軍は世界革命の幻想に駆りたてられてさらにポーランド領に侵入,7月末ビャウィストクに J.マルフレフスキを議長とするポーランド臨時革命委員会 (政府) を発足させ,ワルシャワに迫った。これに対して8月中旬事態を憂慮したイギリス,フランスの援護のもとにポーランド軍が反撃に出,ソビエト軍の撃退に成功 (いわゆる「ウィスワ河畔の奇跡」) ,10月 12日リガで休戦協定を結んだ。ウクライナ,ベラルーシを折半した 21年3月 18日にリガ講和条約を締結,西部白ロシアと西部ウクライナがポーランド領となった。この条約は,ポーランドにとっては領土の拡大と同時に連邦国家構想の挫折,少数民族問題の内包を意味し,他方ソビエト・ロシアにとっては革命政権の承認と同時に世界革命の挫折,領土問題の未解決を意味して,将来に禍根を残すことになった。

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