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ゾロアスター教 ゾロアスターきょう Zoroastrianism

翻訳|Zoroastrianism

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ゾロアスター教
ゾロアスターきょう
Zoroastrianism

ゾロアスターを開祖とする宗教。主神アフラ・マズダの名から「マズダ教」ともいい,火を神聖視するため「拝火教」ともいう。ササン朝ペルシア時代に隆盛をみたが,イスラムの興隆とともに衰微。現在信徒はインドムンバイ (ボンベイ) を中心に約 10万人,中部イランに約1万人など,総計で 15万人程度。

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デジタル大辞泉の解説

ゾロアスター‐きょう〔‐ケウ〕【ゾロアスター教】

Zoroaster》古代イランのゾロアスターを開祖とする宗教。聖典「アベスター」によると、宇宙の歴史は、善神アフラ=マズダーと暗黒の神アングラ=マイニュアフリマン)との闘争であり、最終的には善神が勝利し、最後の審判と全世界の浄化ののち、新しい完全な世界を確立するとする。祭壇の聖火を善神の象徴とするので、拝火教ともいわれる。中国には南北朝のころに伝わり、祆教(けんきょう)と呼ばれ、唐代に盛行。ササン朝ペルシアはこれを国教としたが、7世紀イスラム教徒の征服によって衰微。多くの信徒は、インドに逃れた。現在も、インドの西海岸ムンバイを中心に信者がおり、パールシー(parsee)と呼ばれるマズダ教。

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百科事典マイペディアの解説

ゾロアスター教【ゾロアスターきょう】

ゾロアスターZoroasterザラスシュトラZarathushtra,ドイツ語読みでツァラトゥストラ)がイランで興した宗教。〈マズダ教〉〈拝火教〉また中国では〈【けん】教〉とも呼ばれ,英語でZoroastrianism。
→関連項目イラン【けん】教ササン朝鳥葬パールシーペルシア帝国ミトラス教民族宗教

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世界大百科事典 第2版の解説

ゾロアスターきょう【ゾロアスター教 Zoroastrianism】

ゾロアスターZoroasterがイラン北東部で創唱した宗教。その主神アフラ・マズダの名を採って〈マズダ教〉,またその聖火を護持する儀礼の特質によって〈拝火教〉ともよばれる。中国においては,祆(けん)教の名で知られた。ゾロアスターの活躍時期については,前2千年紀中ごろから前7~前6世紀にわたる諸説があり,なお定説が得られない。アラブによるイラン征服(7世紀前半)までイランの国教の地位を占めていた。その聖典はアベスターと呼ばれる。

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大辞林 第三版の解説

ゾロアスターきょう【ゾロアスター教】

紀元前六世紀頃のペルシャの予言者ゾロアスター(ツァラツストラ)が始めた宗教。ペルシャの民族宗教を二元論で体系化したもの。光の神・善神アフラ=マズダと、暗黒の神・悪神アーリマン(アングラ=マイニュ)の確執から一切を説明し、ついに悪神は敗れて暗黒の中に追放されるとする。善神の象徴である火を崇拝するところから拝火教とも呼ばれた。南北朝時代の中国に伝わったものは祆教けんきようと称された。七世紀のアラブによる征服後、イスラム教に改宗する者が多く衰微。現在、インド西海岸のムンバイ(ボンベイ)付近に住む教徒は、パールシー教徒と呼ばれる。経典をアベスタ(二一巻)といい、約4分の1が現存する。マズダ教。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ゾロアスター教
ぞろあすたーきょう
Zoroastrianism

ゾロアスターを開祖とする宗教。普通は開祖の名をとってゾロアスター教とよばれるが、教徒自身は、アフラ・マズダーを信仰することから、マズダー礼拝教(マズダヤスナMazdayasna)という。成立年代、場所に関しては諸説あるが、聖典の言語、内容、形式の分析によると、紀元前1200年ころ、東北イランに定着するようになったインド・イラン語族の間に広められたと考えられる。まもなく東イランに中心地を移し、西方のパールス、メディア地方に伝播(でんぱ)した。紀元前6世紀にアケメネス朝ペルシア帝国が成立したときには、すでに王家と王国の中枢をなすペルシア人の大部分が信奉する宗教であったことは、ダリウス大王以降の諸王の碑文に、アフラ・マズダーへの信仰が明白に表明されていることからわかる。本来は寺院や偶像の建立を認めなかったが、帝国の発展期に先進文明に触れた結果、偶像に親しみ、寺院も建立するようになった。その際、寺院の聖所に、日常生活や祭儀に欠かせない火を、聖別して永遠に消されぬ火として置き、礼拝の対象としたために、拝火教ともよばれるようになった。アレクサンドロス大王の征服は、通常、口誦(こうしょう)によっていた宗教的伝統の継承に大打撃を与えたが、続く東北イラン系のパルティア王朝でも、ヘレニズムの影響を深く被りつつ信仰は遵守された。ササン朝に入ると、ゾロアスター教は、王権の正当性を支える重要な柱とみなされた。
 この時代、交易活動のためにかなりのイラン人が中国、唐に入った。中国ではゾロアスター教は(けんきょう)とよばれ、教徒の必要に応じるための教祠(し)もいくつか建てられた。しかし伝道活動を行ったわけではない。
 7世紀にイスラム教が台頭してササン朝が滅ぼされると、ゾロアスター教徒の数は漸次減少し、ヤズト、ケルマーン地方に残るだけになった。10世紀ころ、一部の教徒は宗教上の自由を求めてインド西海岸に移住し、パールシーとよばれた。現在ゾロアスター教徒は、大部分はインドのムンバイ(ボンベイ)に住むパールシーで、イランや世界各地に住む者をあわせても10万人余しかいない。[山本由美子]

教義

聖典は『アベスタ』。そのなかで、もっとも古く、ゾロアスター自身のことばになるとされる部分がアフラ・マズダーへの讃歌(さんか)「ガーサー」である。それによると、彼の思想は二元論に基づいており、初めに、対立する二つの霊があったという。善なる神アフラ・マズダーは生命・光を選び、邪悪な霊アングラ・マインユ(アフリマン)は死・闇(やみ)をとった。宇宙はこの両者の戦う場と当事者を設定するために創造されたという。この観点から、天空、水、地、植物、動物、人、火の七過程からなる古来の宇宙創成論は解釈し直され、すべてのものはそれぞれ、アフラ・マズダーのよい意図、天則、望ましい王国、信心、長命、健康、聖なる霊という属性を神格化したアムシャ・スプンタ(聖なる不死者)とよばれる神々の守護のもとに構成されているとされた。これらの創造物と神々は、おのおののレベルで、あるいはまた連合して悪の軍勢と戦う。清浄な創造物に不浄をもたらすことのないように、風葬(鳥葬)という独特の葬法も採用された。人間は、善思、善語、善行の三徳を行うよう求められ、死後審判を受けて天国か地獄へ行くとされた。また世界の終末に総審判が行われ、生者も死者も溶けた金属によって覆われた大地を通過することで選別され、その後新しい世界で永遠の生命を享受すると説いた。このときサオシュヤントとよばれる救世主が現れて、悪を最終的に滅ぼすという。これらの思想は、ユダヤ教、キリスト教、仏教、イスラム教の一部など、後の世界の諸宗教に多大な影響を与えた。[山本由美子]
『メアリー・ボイス著、山本由美子訳『ゾロアスター教――3500年の歴史』(1983・筑摩書房) ▽伊藤義教著『アヴェスター』(1967・筑摩書房) ▽岡田明憲著『ゾロアスター教』(1982・平河出版社) ▽M. Boyce A History of Zoroastrianism (vol. 1, 1975, vol. 2, 1982, Leiden)』

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世界大百科事典内のゾロアスター教の言及

【イラン神話】より

…ミスラ/ミトラと,《リグ・ベーダ》でこの神と1対をなすバルナがこの神群を代表する神である。ゾロアスター教の主神アフラ・マズダは,このバルナ神と同一起源のものであると推定される。インドでは,アフラ/アスラ神群が,仏教の阿修羅(アスラ)が示すように,悪神となったのに反して,イラン側ではまったく逆に,ダエーバ/デーバがすでにゾロアスター自身の教説において悪神とされている。…

【インド】より

…また遅くとも10世紀ころまでにはユダヤ教徒がコーチンに来住した。また8世紀にアラブの支配から逃れて,ペルシアからインドに移住したパールシーPārsīと呼ばれるゾロアスター教徒もおり,17世紀以降インドにおけるイギリス勢力の拡大に伴って彼らの社会的・経済的活動は活発になっていった。19世紀以降,キリスト教宣教師の活動や西洋思想の移入の刺激を受けて,ヒンドゥー教徒の間に,ブラフマ・サマージ,アーリヤ・サマージなどの宗教・社会改革運動が起こったが,1875年にニューヨークに設立され,82年にその本部がマドラスに移された神智学協会の活躍も見のがせない。…

【祆教】より

…ペルシアのゾロアスター教に対する中国での呼名。拝火教ともいう。…

【哲学】より

…アケメネス朝ペルシア帝国は,東はインダス河畔から西はキュレネに及ぶ東西5000kmにわたり,多くの都市国家とさまざまな民族とその文化を共存させ,その平和と治安を維持し,この文明社会を周辺民族の襲撃侵略から守護する体制であった。この統一的文明社会に精神的支柱を与えたのは,ゾロアスターの教え(ゾロアスター教)であった。このような古代帝国を,支配と抑圧の専制体制とのみ見るのは,小さな奴隷制的都市国家の連合体以上には進みえなかったギリシア人以来の偏見であり,とりわけ近代西欧の個人主義的な民主的市民社会を唯一最善の社会形態と考える,19世紀西欧の市民国家の立場からの偏見によるものである。…

【パルティア】より

…帝国内において最も広く崇拝されたのはミトラ神で,アナーヒター女神も各地に神殿を有していた。ゾロアスター教はイラン人の間に信仰され,伝承によればウォロゲセス1世の時代にアベスターの編集が行われたという。【佐藤 進】
【インド】
 パルティアの一派は,前1世紀~後1世紀に西北インド,アフガニスタン,東部イランを支配した。…

【光】より

…エジプトやイランやバビロニアでも同様であるが,シュメールの〈ヨブ物語〉には,光のなかで闇にかこまれるという経験がしるされている。後期のアベスターとゾロアスター教の成立によって初めて光と闇の二神が出現する。 旧約聖書では光は神の実体ではなく関係を表す。…

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