ユダヤ教(読み)ゆだやきょう(英語表記)Judaism

翻訳|Judaism

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ユダヤ教」の意味・わかりやすい解説

ユダヤ教
ゆだやきょう
Judaism

ユダヤ教ユダヤ人の宗教である。現在全世界にシナゴーグ(会堂)とユダヤ教徒が散在するが、国籍や日常言語、皮膚の色は異なっても、シナゴーグの礼拝に集まる人々はいずれもユダヤ人である。例外的に改宗者がいないわけではないが、改宗の儀式をつかさどるラビ(ユダヤ教教師)は3回にわたって志願者の翻意を促す慣行があるほどで、典型的な民族宗教の一つである。

[石川耕一郎]

歴史

ユダヤ教の歴史は民族の歴史とともに古い。セム人に属する半遊牧的なユダヤ人の祖先が、民族移動の大きな波のなかでメソポタミアから地中海東岸沿いの地に定住するようになったのは、紀元前18世紀ごろのことと考古学では推定する。『旧約聖書』の「創世記」12章以下のアブラハムの記事はこのような状況を反映している。

 ユダヤ教にとって歴史上画期的なできごとは、モーセの指導により民族がエジプトから脱出し、シナイ山において神ヤーウェと契約を結んだことであった。前13世紀前半と推定されるこの事件は伝承(出エジプト記)が語るような民族全体のものではなく、カナーンの地から飢饉(ききん)などで難をエジプトに避けていたヨセフ人を中心とする民族の一部であったろう。しかし、これは民族全体にかかわる神の救いの業(わざ)としてこの民族の意識のなかに深く根を下ろした。神ヤーウェと民とはおのおの主体的な選択に基づく法的行為としてかかわりをもち、その際契約の根底である「聖なる民」となるために教義、慣習、倫理を包括した「教え」(律法(トーラー))が啓示された。ここにユダヤ教の一神性と倫理的性格がすでに明確に打ち出されている。

 前10世紀にエルサレム神殿を建立してからの民族の歴史は、亡国、離散、迫害、虐殺という悲劇的な歩みの連続であり、つねに民族のアイデンティティを求める闘いであった。紀元後70年にローマの手で破壊されたエルサレム神殿の喪失は、ユダヤ教にとってとりわけ決定的な意味をもった。なぜなら、神殿祭儀を中心としていたそれまでのあり方が根本的に変質を迫られることになったからである。このような状況によく対処しえたのは、律法の厳格な遵守を目ざすパリサイ派の流れをくむ規範的ユダヤ教の努力の結果であった。彼らは、神殿祭儀にかえてシナゴーグでの祈りや日常的な律法研究を重視し、神のことばとしての律法のなかにユダヤ人としての行動の規範を追求した。成文律法のほかに口伝(くでん)の伝承をも認める立場が、危機的状況に対処しうる弾力性を与えたといえよう。この口伝律法はその後タルムードに集大成されてユダヤ教徒の生活と行動の規範となったものであり、現在にまで続くユダヤ教の性格を決定することとなった。

 ユダヤ教がタルムード以後規範的宗教としての特質を強調すればするほど、この規範性によっては満たしえない人間の宗教的心情を重視する神秘主義的傾向も大きな流れとなって展開する。これは、律法やタルムードの文字の背後に隠されている真理を霊的努力によって把握しようとする思想であり、中世スペインやパレスチナで盛んとなった。カバラとよばれるこのユダヤ教神秘主義思想は『ゾハール』(光輝の書)などに代表されている。この流れのなかから、近代に入って、祈りに精神を集中することによって神との神秘的交わりを得ることを願うハシディズムポーランドにおこり、東欧ユダヤ人の心をとらえていった。

 ユダヤ人は中世を通じて宗教的にも文化的にも、また社会的にも離散社会のなかで孤立した生活を続けてきた。しかし近代西ヨーロッパの啓蒙(けいもう)思潮は彼らのうえにも例外なく及び、人間性の解放として展開する。しかし彼らの場合、人間性の解放は同時に民族性の排除でもあった。この動きのなかからドイツで誕生した改革派は、シナゴーグ礼拝の近代化を推し進めたが、祈祷(きとう)書からシオンの再建とエルサレム神殿祭儀の復活を削除するなど、民族性排除の傾向をはっきりとうかがわせる。彼らは普遍性の高い預言者の倫理思想をとくに強調した。この改革派がもっとも自由に活躍しえたのは、伝統の束縛がないアメリカ合衆国においてであった。

 伝統と現代性との間の緊張を問題としつつも、あまりに過激に走る改革派の動きについてゆけぬ人々の間から保守派ユダヤ教が生まれた。彼らは伝統的ユダヤ教の本質をたいせつに維持しながら、歴史に根拠のある改革を受け入れ、現代社会への適応性を高めようとした。このためには、ユダヤ教の歩んできた道を歴史的に検証する必要があり、いわゆる「ユダヤ学」発展の契機となった。

 19世紀の改革派、保守派の動きに同調しなかったヨーロッパのユダヤ人はすべて正統派とよばれる。正統派のうちでもごく一部の人々はいっさいの変革を拒否し、中世的伝統主義ユダヤ教を保守しようとする。彼らはテレビ、新聞をはじめ、現代文化を受け入れない。しかしその他の大部分は、いわゆる新正統派とよばれる人々で、現代社会の文化価値を受け入れる。これは、時代の流れへの譲歩ではなく、環境社会の文化を吸収し、かつその社会のことばでユダヤ教の価値と思想を表現するのは、過去の歴史に明らかなごとくユダヤ教本来の必然性である、と理解するからである。歴史批評的研究方法を彼らが受けつけないことはもちろんだが、日常行動の諸規定であるハラハーHalachaの解釈と基準の適用にはそれでも柔軟性が認められる。このように現代では正統派、保守派、改革派の三派が並存しているのが現状である。

[石川耕一郎]

聖典

ユダヤ教の聖典はヘブライ語の聖書である(内容的にはプロテスタント・キリスト教の『旧約聖書』と共通)。とくに冒頭の「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記(しんめいき)」のいわゆる「モーセ五書」はトーラー(律法)とよばれて神聖視されている。神がその意志をモーセに直接啓示した内容と信じられているからである。しかし後のユダヤ教の伝承によれば、シナイ山でモーセが受けた啓示の内容は、成文化されているトーラーだけではなく、口伝の律法をも含むと考えられた(ミシュナ・アボット1.1以下参照)。したがって成文律法(モーセ五書)と並んで口伝律法(ミシュナ)がともに神的権威をもつものと受けとめられてきた。このミシュナは200年ごろラビ・ユダによって結集され、その後パレスチナ、メソポタミア両地の律法学者がこれを基本テキストとして多様な議論を展開し、かつ注釈を加えていった。この議論および注釈をミシュナ本文とあわせて集大成したのがタルムードである。4世紀後半にパレスチナで完成したものはエルサレム(パレスチナ)・タルムードとよばれ、これとは別にメソポタミア地域の学者の成果を500年ごろ集成したのがバビロニア・タルムードとなった。

 祖国を失い世界の各地に離散したユダヤ人がタルムードの示す宗教的行動規範に従うことによって、ユダヤ人としてのアイデンティティを保持することができたのである。「持ち運びのできる祖国」(C・ロス)と称されるゆえんである。したがってユダヤ教にとってタルムードは聖典に準じるものとしての位置づけをもっているといってよい。

[石川耕一郎]

安息日と祭り

1週間の生活でもっとも重要な「時」は安息日である。金曜の日没から土曜の夕までの1日である。この日ユダヤ人はいっさいの日常の仕事に従事することを禁じられている。神のみが存在するいっさいの創造者であり、主であることを認識するために、自然界と人間が営む世界への働きかけからユダヤ人は身を退けなければならない、とされる。

 古代イスラエルにはエルサレム神殿に詣(もう)でる三大巡礼祭があった。仮庵(かりいお)祭(スッコート)、過越(すぎこし)祭(ペサッハ)、五旬節(シャブオート)である。いずれも収穫に関連した農耕的な祭りであったが、歴史のできごとと結び付けられて神殿喪失後現在に至るまで祝われ続けている。仮庵祭はエジプト脱出後の荒野での生活、過越祭はエジプト脱出時の奇跡的故事、五旬節はシナイ山におけるトーラーの啓示を記念する行事である。

 ユダヤ人の暦では秋のティシュリの月に1年が始まる。月初めに新年祭(ローシュ・ハッシャナ)を祝い、その月の10日に贖罪(しょくざい)の日(ヨーム・キップール)を迎える。この日はユダヤ教におけるもっとも厳粛なときであり、悔い改めと神の赦(ゆる)しを求めてこの日一日完全に断食(だんじき)を守り、シナゴーグで祈りに終始する。罪を告白し、人間の至らなさを悔いるとともに神の無限の慈(いつく)しみをたたえ、心にしみ渡るコル・ニドレイの壮重な調べにのせて宗教的な誓いの束縛からユダヤ人が解放されることを願う。

 このほかに12月に8日間のハヌカー祭がある。前2世紀中ごろセレウコス家(シリア)の支配をはねのけて、穢(けが)された神殿を潔(きよ)めて再奉献したことを祝う。また一説には、わずか一壺(つぼ)の穢れていない油が神殿再奉献の際8日間も灯明(とうみょう)として燃え続けた奇跡を記念するともいわれる。八枝の燭台(しょくだい)を窓辺でともす慣習がある。また春のアダルの月14日には、「エステル記」に語られるユダヤ人の救いを記念したプリムの祭りが祝われる。

[石川耕一郎]

『A・ウンターマン著、石川耕一郎・市川裕訳『ユダヤ人――その信仰と生活』(1983・筑摩書房)』『A・シーグフリード著、鈴木一郎訳『ユダヤの民と宗教』(岩波新書)』『I・エプスタイン著、安積鋭二・小泉仰訳『ユダヤ思想の発展と系譜』(1975・紀伊國屋書店)』『石田友雄著『ユダヤ教史』(1980・山川出版社)』『A・シュラキ著、渡辺義愛訳『ユダヤ思想』(白水社・文庫クセジュ)』『H・H・ベンサソン編、石田友雄他訳『ユダヤ民族史』全六巻(1976~78・六興出版)』『シーセル・ロス著、長谷川真・安積鋭二訳『ユダヤ人の歴史』(1966・みすず書房)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ユダヤ教」の意味・わかりやすい解説

ユダヤ教
ユダヤきょう
Judaism

ヘブライ人のヤハウェ信仰を起源とするユダヤ人の宗教。ヤハウェを唯一絶対神とする一神教であり,しかもヤハウェはユダヤ人を選民としたとする神と人との契約から成立した宗教。聖典は記された律法「トーラー」と,口伝された律法「タルムード」から成る。教団の公式の発足は,バビロン捕囚から帰国したユダヤ人がネヘミア,エズラの指導のもとに民族的団結を唱えた前5世紀後半といえる。その後前2世紀頃からサドカイ派エッセネ派パリサイ派などに分派したが,次第にパリサイ派が主流となり,シナゴーグを中心として律法を重んじるようになった。 70年エルサレム神殿破壊後,国を失ったユダヤ人は,1948年のイスラエル共和国建国までディアスポラとして世界各地に散らばったが,その間もラビの指導により,シナゴーグを中心にその伝統を守った。

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