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チェルベンコフ チェルベンコフChervenkov, Vulko

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

チェルベンコフ
Chervenkov, Vulko

[生]1900.8.24. ズラティツァ
[没]1980.10.21. モスクワ
ブルガリアの政治家。 1919年共産党に入党,共産主義青年同盟中央委員として活躍,25年モスクワに亡命。 28年国際レーニン学校を卒業しコミンテルンに勤務,G.ディミトロフの知遇を得てのちにその女婿となった。第2次世界大戦中対独抵抗をモスクワからラジオで呼びかけた。解放後 44年に帰国,党政治局員,書記局員となり,50年党書記長,首相をも兼任し,「ブルガリアのスターリン」となり民族主義派の粛清を断行。 54年に党第一書記 (前書記長) の地位を T.ジフコフに譲ったが,56年の I.スターリン批判の影響で副首相に降格され,61年公職から,62年には党から追放された。 65年5月復党。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

チェルベンコフ
ちぇるべんこふ
Vulko Chervenkov
(1900―1980)

ブルガリアの政治家。ソフィア近郊の生まれ。1929~1944年の間モスクワ在留、ディミトロフの補佐としてコミンテルンで活動した。1944年に帰国し党政治局員となり、1949年に党書記長に就任、1950年には首相も兼任した。「小スターリン」とよばれたが、スターリン死後の1954年に首相に専任、党第一書記をジフコフに譲った。1956年に「個人崇拝」を批判されて首相を辞任、1961年に党政治局からも追われ、1962年に党を除名された。1969年に名誉回復された。[木戸 蓊]

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367日誕生日大事典の解説

チェルベンコフ

生年月日:1900年9月6日
ブルガリアの政治家
1980年没

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