日本大百科全書(ニッポニカ) 「チャタレイ事件」の意味・わかりやすい解説
チャタレイ事件
ちゃたれいじけん
1950年(昭和25)に小山(おやま)書店から出版されたD・H・ローレンス作、伊藤整(せい)訳『チャタレイ夫人の恋人』をめぐって争われた訴訟事件。チャタレイ裁判ともいう。戦争のために性的不能者となった夫にかしずく貴婦人コニー・チャタレイと、坑員の家に生まれた森番メラーズとの恋愛を描いたこの小説(1928年発表)は、その大胆な性描写のために、多くの国でわいせつ文学の扱いを受けていた。『チャタレイ』の無削除版の翻訳(完訳本)は爆発的な売れ行きを示したが、検察庁は50年9月、訳書中12か所を指摘して刑法第175条のわいせつ文書であるとし、小山書店社長小山久二郎(ひさじろう)と訳者を起訴した。
これに対し、言論界はもとより日本文芸家協会、日本ペンクラブなどが立ち上がって一大文芸裁判の様相を呈した。1957年3月13日、最高裁は全員一致で両被告を有罪(罰金刑)としたが、その際確認されたのが「徒(いたず)らに性欲を興奮又は刺戟(しげき)せしめ、且(か)つ普通人の性的羞恥(しゅうち)心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」という、いわゆる「わいせつ性の三原則」である。しかし、その後、アメリカ、イギリスにおいて『チャタレイ』のわいせつ性を否定する判決が行われ、以後、欧米では性的表現の自由化が激しい勢いで進展した。日本の裁判所は依然前記三原則に拘束されているが、79年3月20日、東京高裁は『四畳半襖(ふすま)の下張』事件の判決のなかで、『チャタレイ』が現時点においてなおわいせつであると断定できるか多大の疑問があると述べ、注目された。
[清水英夫]
『小沢武二編『チャタレイ夫人の恋人に関する公判ノート』全6冊(1951~52・河出書房)』▽『堀部政男著『性表現の自由』(『講座 現代の社会とコミュニケーション3 言論の自由』所収・1974・東京大学出版会)』