ティモン
てぃもん
Tīmōn
(前320ころ―前230ころ)
プリウス(ペロポネソス半島)出身の古代ギリシアの懐疑派の哲学者。3巻の風刺詩で、クセノファネスとピュロン(ピロン)を除くギリシア哲学者をののしった。ピュロンの熱烈な信奉者で、その著書によってピュロンの名声は全ギリシアに広まった。感覚と知性の協働によって真理が知られるとする考えに反対して、その協働は感覚と判断の誤謬(ごびゅう)を増大させるだけとした。そこで、なにものにも積極的にはくみしない判断中止から、その影のごとく心の煩いのない平静さが出てくると考えた。実生活では師のピュロンほど禁欲的ではなかった。
[山本 巍 2015年1月20日]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
Sponserd by 
ティモン[フリウス]
Timōn of Phlius
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
Sponserd by 
ティモン
古代ギリシアの哲学者。フリウスの人。懐疑派の一人。エリスのピュロンの弟子で,《風刺詩》《感覚について》などを残した。
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
Sponserd by 
世界大百科事典(旧版)内のティモンの言及
【懐疑論】より
…古代の懐疑派は通常三つの時期に区別される。初期にはピュロン(その名に由来するピュロニズムは懐疑論の別名となった)とその弟子ティモンTimōnがおり,彼らは何事についても確実な判断を下すのは不可能であるから,心の平静(アタラクシア)を得るためには判断の留保([エポケー])を実践すべきことを説いた。中期はプラトンゆかりの学園[アカデメイア]の学頭であったアルケシラオスArkesilaosとカルネアデスKarneadēsに代表される。…
※「ティモン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
Sponserd by 