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デトリング Detring,Gustaf

朝日日本歴史人物事典の解説

デトリング

没年:1913(1913)
生年:1842
清国のお雇い外国人,ドイツ人。「デットリング」とも。長年,清国海関に勤務し,天津海関税務司として,総税務司サー・ロバート・ハートに次ぐ地位にあり,1884年清仏戦争の際,紛争解決に関する仏側の申し出を李鴻章に伝えた。1894年日清戦争の際,北洋陸軍が1894年9月16日,朝鮮国平壌で,また翌17日,李鴻章の股肱の北洋海軍が鴨緑江沖で壊滅すると,李は即座に講和開始のため,デトリングの日本派遣を上奏し,帝の裁可を得た。しかし清国政府の任命した全権委員ではなく,国書や全権委任状の類を持たず,単に李から伊藤博文首相宛の書簡を携帯したにすぎなかった。同年11月26日神戸に入港,兵庫県知事周布公平を訪問したが,伊藤首相は陸奥宗光外相の意見も参酌の結果,デトリングを正当な使節とは認めなかったので,デトリングは目的を達せず29日帰国。1913年天津で死去。<参考文献>田保橋潔『日清戦役外交史の研究』,陸奥宗光『蹇蹇録』,春畝公追頌会編『伊藤博文伝』中・下,伊藤博文編『秘書類纂雑纂』Ⅱ

(河村一夫)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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