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トルコ・イスラム文化 トルコ・イスラムぶんか

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

トルコ・イスラム文化
トルコ・イスラムぶんか

9世紀を境として進展したトルコ族による中央アジアのトルコ化と,東進してきていたイスラム化の波とが交わることによって成立した文化の総称。おもにセミレチエからマーワラー・アンナフル (トランス・オクシアナ) ,そしてタリム盆地西部などを基盤として成立したトルコ系政権のうち,カラハン朝は 10世紀なかば頃に隣のサーマン朝からイスラム教を受容したと伝えられる。中央アジアのオアシス都市を中心としたトルコ・イスラム世界の誕生である。その文化といわれるものの一例に 1069/70年にユースフ・ハス・ハジブがカシュガルで書いた『クタドグ・ビリグ (幸福を与える書) 』 Qutadgu Biligがある。これは最古のイスラム・トルコ文学とされているが,アラビア文字を用いたトルコ語でイスラム道徳思想が述べられている。またカーシュガリーが 1074/7年にバグダードで完成した『トルコ・アラビア語辞典』は百科事典の性格をそなえ,トルコ語の諸方言をアラビア文字で写し,アラビア語で解説を付したほかに,古くから伝わるトルコの四行詩も多く集録している。一般に西トルキスタンのトルコ化はチムール朝期を経て完成したといわれ,ここにモンゴル世界帝国,チャガタイ・ハン国の時代を経過したトルコ・イスラム文化の頂点を飾るともいうべき建築物,細密画,チャガタイ・トルコ語による文学 (たとえば『バーブル・ナーマ』) などの作品が花開いたのである。東トルキスタンのトルコ化についてはトゥルファン (吐魯番) 盆地を中心としたウイグル文書類がなによりの証拠となる。しかし,西トルキスタンとは逆にイスラム化は遅れ,ハミ (哈密) やトゥルファンでは 15~16世紀まで仏教が主流であった。このようにトルコ・イスラム文化は,トルコ人政権のイスラム化とその拡大にかかわるものであり,結局西トルキスタンに開花し,のちに西アジアのオスマン朝になってビザンチン文化を継承しつつ新たな展開をみせるにいたった。

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