ナクシュバンディー教団(読み)ナクシュバンディーきょうだん(英語表記)Naqshbandī

世界大百科事典 第2版の解説

ナクシュバンディーきょうだん【ナクシュバンディー教団 Naqshbandī】

中央アジアのブハラを本拠としたイスラム神秘主義教団(タリーカ)。アブド・アルハーリク・グジュドゥワーニー‘Abd al‐Khāliq Ghujduwānī(?‐1179∥80。1220没ともいう)を創設者として12世紀後半以来ブハラを中心に活動を続け,一般にはホジャ派として知られていたが,14世紀にバハー・アッディーン・ナクシュバンドBahā’ al‐Dīn Naqshband(1317‐89)が出現すると,彼の名にちなんでナクシュバンディー教団と呼ばれるにいたった。

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世界大百科事典内のナクシュバンディー教団の言及

【カシュガル】より

…そのため,16世紀初頭,モグールのハーンはこの地方に進出して,その直接支配を開始した(カシュガル・ハーン国と呼ぶ)。一方,16世紀の末以来,この地方には西トルキスタンからナクシュバンディー教団の神秘主義者たちが到着,ハーンらの支持をも得てその勢力を拡大し,17~18世紀,一般にカシュガル・ホジャ家と呼ばれるこの教団の指導者たちの一族は,宗教面のみならず,政治・経済面でもハーンと並ぶほどの実力を発揮したとも伝えられる。しかしこれらのハーンやホジャたちも17世紀の後半にはジュンガル王国の支配下に入り,ついで18世紀の中葉には清朝の宗主権を認めることを余儀なくされた。…

【ホータン】より

…しかし16世紀初頭,モグールのハーンがカシュガルを制圧してその直接支配を開始すると,この地もその支配下に組み入れられた。一方この地には,17~18世紀,カシュガル,ヤルカンドを本拠としたナクシュバンディー教団の神秘主義者たち(カシュガル・ホージャ家)の勢威も及び,この地の宗教生活に影響を与えた。しかしこれらのハーンやホージャたちも,17世紀後半にはジュンガル王国の支配を受け,また18世紀中葉には清朝の宗主権を認めたので,この地もこれら異民族の支配下に置かれた。…

※「ナクシュバンディー教団」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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